世界金融危機をどう克服するか


大和総研
常務理事チーフエコノミスト
原  田   泰

 世界金融危機はアメリカのサブプライム・ローン危機から始まった。アメリカの投資銀行が、返済信用度の低い人(多くは低所得者である)向けの住宅ローンであるサブプライム・ローンを証券化して世界中に売りさばいていたからだ。高度な金融技術を用いて危険なものを安全有利なものに転換した証券だというふれこみだったが、もともとは住宅ローンなのだから、借り手がローンを支払えなくなったら、派生したサブプライム・ローン証券の価値も急減する。
 似たような証券が世界中にばらまかれ、金融機関は、さらに、通常の貸出でも巨額の損失を被っていた。IMFのGlobal Financial Stability Report (April 2009)によれば、アメリカの損失が2.7兆ドル、ヨーロッパが1.2兆ドル(ヨーロッパの損失は過小推計と思われる)、日本が1490億ドルである。これだけの不良債権を抱えれば、確かに、世界金融危機になるだろう(なぜこんなことが起きてしまったのかについては原田+大和総研[2009]参照)。では、この危機から脱出できるだろうか。また、脱出するために何が必要なのだろうか。
 
戦後の金融危機の経験から
 今回の危機では、100年に一度の危機という言葉が喧伝されたが、金融危機は、実は何度も起きている。Reinhart and Rogoff [2008]は、戦後、先進国で 18 の金融危機が起こっているが、うち5つは大危機と呼べるもので、それ以外の 13 の危機は小危機であるという。5大危機とは、スペイン(77年、年数は危機の起きた年、以下同じ)、ノルウェー(87年)、フィンランド(91年)、スウェーデン(91年)、日本(92年)である。その他の危機について個々の国の名前は省略する。77年前後のスペイン経済については、私は知識が乏しいので省略する。そこで、日本の危機、北欧3カ国の危機の平均、その他 13 の危機の平均と、進行途上のアメリカの危機とを比べてみることにしよう。
 図1は、これらの危機のケースにおける実質GDPとマネーストック(M2)の成長率を危機の3年前から示したものである(アメリカは 2007年を危機の発生時点としている)。実質GDPの成長率を見ると、その他13の危機では、危機の直後にわずかに成長率が低下しているだけで、何事もなかったかのように回復している。日本は危機後の成長率の動きが大きく変動して分かりにくいが、平均では1%と低迷することになった。「日本の失われた十年」である。北欧3カ国を見ると、危機後3年間はマイナス成長であるが、その後には過去のトレンド成長率に戻っている。アメリカでは現在マイナス成長が続いている(08年以降は4半期の前年同期比を示している)。マネーストックの成長率については、 13 の危機ではデータを集めることができなかった。日本はマネーストックの伸び率の縮小の度合いが大きい。北欧3カ国では危機直後にはマネーストックの伸び率が低下しているがその後回復している。アメリカでは上昇している。
 金融危機とは流動性が枯渇することだから、危機においては、中央銀行は、流動性を拡大しなければならない。すなわち、マネーストックを拡大しなければならない。ところが、北欧3カ国では、危機で外資が流出し、通貨が暴落し、激しいインフレになる危険があった(消費者物価上昇率は3カ国の平均で8%にまで上昇したが、2年後には3%台まで押さえ込んだ)。日本は、外資の流出も通貨の暴落(むしろ急騰した)もなかったが、金融を引き締めていた。アメリカは、外貨の流出も通貨の暴落もインフレもないので、金融危機対応の定石通り、金融を緩和している。
 日本のエコノミストには、アメリカへの嫉妬から、アメリカ経済が、日本の失われた十年のようになると主張する人々が多いようだ。しかし、戦後の金融危機で、長期停滞に陥ったのは日本だけで、日本が例外なのである。アメリカが金融緩和を進め、また、不良資産処理も早いことを考えると、アメリカの回復は北欧3カ国とそれ以外の 13 の危機の間になるのではないだろうか。すなわち、09年におけるマイナス成長と2010年におけるプラス成長である。

       図 1   金融危機後のGDPとマネーサプライ

     (出所)IMF、Datastream、Haver analyticsより大和総研作成 
     (注)米国は2007年を金融危機に設定。2008年以降四半期前年同期比 

日本はどうなるのか
 日本への影響がことさらに大きいという問題がある。IMFの予測(2009年4月)によれば、2008年(実績)と2009年(予測)と2010年 (予測)のアメリカの実質GDP成長率は1.1%とマイナス2.8%と0%、ユーロ圏は0.9%とマイナス4.2%とマイナス0.4%、日本はマイナス0.6%とマイナス6.2%と0.5%である。3年分を足してみるとアメリカがマイナス1.7%、ユーロ圏がマイナス3.7%、日本がマイナス6.3%と一番ひどい。日本のエコノミストの予測も、これと大して変らない。危機はアメリカから来たのに、日本の危機が一番大きい。
 その理由に日本が外需、特にアメリカの需要に依存していることがある。国別品目別の世界貿易データを用いる必要があるために2006年と古くなってしまうのだが、日本の総輸出に占めるアメリカのシェアは22.0%で中国(香港・マカオを含む)のとほぼ同じだが(2007年では中国がアメリカを上回った)、品目別に見ると大きな差がある。乗用車ではアメリカのシェアが46.2%、であるのに対して、中国は2.2%にすぎない。消費財でも、アメリカのシェア28.8%に対して中国は12.8%である。資本財、部品、加工品では中国のシェアはアメリカより大きいが、これらの資本財で部品と加工品を組み立てて製品になったものはアメリカに輸出される。最終需要のアメリカが不調になれば、日本の中国への輸出も不調になる。また、日本の輸出は資本財にもシフトしている。不況になれば投資が激減し、資本財の需要も激減する。
 日本の株式市場の花形は、これらの製品を作っている輸出型の企業、国際優良株である。株価は下落し、株価の下落が銀行の自己資本を毀損し、貸し渋りが起こる可能性もある。株価の下落は、さらに、企業の年金資産、持合い株式の価値を下落させて、利潤を圧縮する。
 しかし、だからと言って、どうすれば良かったのだろうか。日本の人口は減少し、一人当たりの所得もたいして増えない。将来のことを考えれば、海外の市場に依存するしかない。日本の企業は、海外に依存することなど様々な不安から、キャッシュを溜め込んでいた。需要の激減に対してキャッシュが不況抵抗力をもたらす。2007年までの外資ファンドが言っていたように、キャッシュを投資していたら大変なことになっていた。内需を増やせといっても、いまさら無駄な公共事業もできない。これしかない状況の中での戦略だったというしかない。
 また、成長率は低いとはいえ、先進国の豊かさは続く。新興国の相対的な高成長も、金融危機による頓挫はあっても、続くだろう。豊かな人々はこれからも世界中で増加していく。日本と世界の豊かな消費者に供給していく戦略以外に何ができるのだろうか。発展から取り残された「最底辺の 10 億人」という言葉があるが、日本の民間企業は、世界の「最上辺の 10 億人」に向けてモノを作っていくしかなかった。

輸出、投資、雇用、消費の連関
 輸出が重要になるとともに、設備投資も輸出に依存するようになる。図2は、GDPの中の民間企業設備投資と輸出等を示したものである。輸出のために設備投資をするようになり、輸出と設備投資が連動していることが分かる。輸出と設備投資はそれぞれGDPの16%であるから、あわせて3割以上のものが海外の景況に依存して変動するようになる。
 それだけではない。輸出が増え、設備投資が増えれば雇用が増え、雇用が増えれば賃金収入が増えて消費が伸びるという関係がある。輸出と設備投資が減少すれば、この逆回転が起こって、消費も減少してしまう。
 輸出依存を止める、円高に負けない日本経済にするなどと強がりを言っても無駄である。外需依存をどのように改めるかの戦略がなければ何の意味もない(私の戦略案は原田+大和総研の前掲書第7章にある)。
 唯一の救いは、石油価格、資源価格が下落して交易条件が改善することである。2008年の鉱物性燃料の輸入額は 27.6 兆円だが、09年1−4月までの輸入額は 4.4 兆円、3倍にして年の数字に直しても 13.3 兆円である。石油輸入代金の減少は、日本にとって減税と同じである。日本は09年には14.3兆円(27.6−13.3)の減税効果を得られる(最近の原油価格の上昇でこの金額は過大となっているが、10兆円程度の減税効果はあるだろう)。しかし、働き口がない状況では、その恩恵はあまり感じられないようだ。

       図 2   民間企業設備投資と輸出の連動

          (出所)  内閣府 「国民経済計算」

円高が日本企業を直撃する
 金融危機に際して、世界各国が金融を大胆に緩和しているが、日本は緩和に躊躇している。名目金利が低いので下げられないという意見があるが、量的緩和を行えば、金融はいくらでも緩和することができる。2001年から2006年にかけて行われた量的緩和政策は、資産価格の上昇や銀行のバランスシートの改善を通じて、経済を拡張する効果があった(原田・増島[2008])。
 世界が大胆な金融緩和を行っているときに、日本がそうしなければ円は上昇する。図3は、日本と世界のマネタリーベースの動きを示したものである(ユーロ圏はM3)。アメリカが大胆にマネタリーベースを拡大し、イギリスが直実に拡大している時、日本はわずかしか伸びていない。
 さらに、日本は金融緩和に躊躇している中で財政を拡大しようとしている。むしろ、日本は量的緩和の解除(解除とは中止の意)以来、マネタリーベースが縮小してきたことから分かるように、金融を引き締めてきた。これが金融危機に先立ち、日本の景気を悪化させた可能性もある。財政を拡大すれば、金利が上がり、円高になる。これは経済学の教科書に書かれているマンデル=フレミング・モデルの帰結である。すなわち、財政支出を拡大するために国債を発行すれば、金利が上昇して、為替レートが上り、輸出が減少して、景気拡大効果は望めないというのだ。
 円高とは、ドルで計った日本の輸出企業の製品価格が上がることである。日本企業は、価格を上げて販売量が減ることを甘受するか、価格を抑えて利潤を減らすかしなければならない。どちらにしても売上数量か利益かそれらの両方が減少する。しかも、アメリカもヨーロッパも、金融危機による不況で、日本からの輸出が減少する中で円高になる。量当たりの利益が減って、量も減るのは、日本企業にとってなおさら痛い。

           図 3   主要国のマネタリーベース

     (出所)Datastream、Haver analytics (注)ユーロ圏はマネーサプライ(M3)

アメリカなき世界
 アメリカの消費需要縮小は、金融危機が終わっても続く。アメリカの実質GDP成長率は、住宅バブルの最中でも、90年代平均の3%のままで高まっていない。日本の80年代末のバブルの期間には、それまで3%だった実質成長率が5%に高まったのとは対照的である。ということは、アメリカの実質成長率が、ここしばらく過大消費の調整のために低迷するだけではなく、長期的にも停滞するだろうということだ。過大消費がなければ、アメリカの長期的な実質経済成長率は、3%ではなくて2〜2.5%に低下するだろう。さらに、投資銀行というビジネスの少なからぬ部分がなくなってしまう。証券化された金融商品を多くの人々が疑い、これまでのように安全有利な証券として購入してはくれないだろうからだ。この産業が生み出していた付加価値も減少する。
 これまでアメリカは、先進国の実質成長率がせいぜい2%であるなかで、3%の成長率を維持してきた。これが世界の供給力を吸収してきたとともに資本をも引き付けてきた。成長率が高いのなら、実質金利も高く、そうであるならアメリカに投資することは正しいとなる。しかし、アメリカの成長率が普通の先進国並みになるなら、実質金利が高いとは言えない。今までのように、資本を引きつけることはできない(ただし、アメリカの成長率も低下するが、すべての国の成長率も下がるのだから、ある程度は引き付けられるだろう)。すなわち、資本収支黒字の裏側としての経常収支赤字も縮小しなければならないということだ。これは世界がアメリカの需要に頼ることができないということだ。世界は、アメリカの需要なき世界のために準備しなければならない。もちろん、なくなるのは需要だけではない。世界金融危機の発端となったアメリカの仕組みが疑われるようになる。自由を標榜するアメリカのイデオロギーが胡散臭いものと見られるようになる。
 日本はかつて公共事業の拡大によって、内需への転換を図ろうとした。これは失敗したと言ってよいだろう。公共事業が経済全体の需要を拡大する効果は小さく、それで作られた施設は赤字を垂れ流し、地方財政を圧迫している。アメリカなき世界で、日本は、新たな道を見出さなければならない。

アメリカは大丈夫か
 アメリカはこの危機を乗り切るために巨額の財政支出と果敢な金融緩和を行っている。財政赤字とマネタリーベースは急増している。このことがインフレを引き起こし、ドルを下落させ、金利の高騰を招くのではないか。さらには、ドルの基軸通貨国としての地位を危ういものにするのではないかという議論がある。しかし、金利が急騰すればドルは下落しないだろう。ドルが下落しなくても良いように金利が高騰するのではないだろうか。金利の急騰とドルの暴落は同時には起きないだろう。起きるのは金利上昇とドルの下落である。さらに重要なことは、ドルの地位は相対的なものだということである。アメリカ財務省は、財政赤字は1.8兆ドルという膨大なものとなると予想している。対GDP比で見ても日本より悪くなるが、これが一時的なものであれば、日本よりましである。マネタリーベースは急増しているが物価上昇の兆しは見えない。他国がデフレになって、アメリカの物価上昇率が相対的に高くなり、その結果ドルが下落するということはありうる。アメリカの物価上昇率が2%、ユーロ圏がかりにマイナス2%という状況が起こり、かつそれが続くなら、ドルがユーロに対して毎年4%減価するということはありうることである。しかし、その時、ユーロ圏はデフレで不況になっている訳である。不況の国の通貨はそういつまでも上がらない。世界金融危機が起きてから円は一時上昇したが、それは続かなかった。不況の国の通貨上昇が続くことはないだろう。
 長期的に、他の通貨がドルに代わって基軸通貨となる可能性はあるだろうか。ユーロは世界金融危機でむしろ減価してしまった。金融不良債権の処理においても透明性がない。元はどうだろうか。何十年間後にそうなる可能性はあるかもしれない。しかし、今はありえない。元は自由化されておらず国際通貨として用いるには様々な制約がある。弱まったアメリカが、さらに弱まった世界の中で基軸国であるという状況が、しばらくは続くしかないだろう。

参考文献
Reinhart, Carmen and Kenneth S Rogoff, “Is the 2007 U.S. Sub-Prime Financial Crisis So Different? An International Historical Co-
mparison,” No 13761, NBER Working Papers from
原田泰+大和総研『世界経済同時危機』
日本経済新聞社、2009年
原田泰・増島稔「金融の量的緩和はどの経路で経済を改善したのか」ESRI Discussion Paper Series No.204、内閣府経済社会総合研究所、2008年12月


原田泰(はらだ・ゆたか)氏プロフィール
1950年東京生まれ。74年東京大学卒、経済企画庁入庁。95年経済企画庁国民生活局国民生活調査課長、97年経済企画庁調査局海外調査課長、99年財務省財務総合研究所次長、02年内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官などを経て、現在、大和総研常務理事チーフエコノミスト

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