電気自動車の加速が拓く未来

モータージャーナリスト
御 堀 直 嗣

1.EVバブルの声もあがった2009年
 今年は、EVバブルとの声が聞こえる。6月に、富士重工業(スバル)と三菱自動車工業から相次いで軽自動車規格の電気自動車が発表され、8月には、日産自動車の本社移転に際し、来秋発売予定の小型電気自動車が華々しく発表されたからだろう。
 新車発表だけでなく、同8月には、上記3自動車メーカーと東京電力が、急速充電器の普及と、充電方式の標準化を図ることを目的に連携・協力する協議会を、今年度内に立ち上げることに合意した。企業間の枠を超えた、この積極的かつ素早い動きはかつてなく、注目すべきことだ。
 自動車業界にとって、ハイブリッドカー販売の好調とあわせ明るい話題の一つとして、ビジネスセミナーなどにおいても、電気自動車周辺での新規事業開拓への期待が語られているようだ。たとえば、急速充電設備や、電気自動車製造への参入なども耳にする。
 電気自動車にとって充電は欠かせず、しかも一回の充電で走行できる距離が160kmほどと言われれば、急速充電設備が既存のガソリンスタンド並みに必要になるのではないかとの思惑が生じるのは当然だ。また、電気自動車は、既存のエンジン自動車に比べ部品点数が少なくなり、電気機器が不可欠となるため、電気機器産業などからの参入も可能性があるのではないかという思惑もあるようだ。世の中、モーターで動いている物は想像以上に多く、家電製品の冷蔵庫や洗濯機はもちろん、パーソナルコンピュータや、携帯電話のマナーモードでの振動機能などもモーターによって作動している。このようにモーターの存在が普遍的であるため、そこから電気自動車事業参入への期待が高まっているのである。
 しかしながら、少なくとも日本において、そのような夢物語の実現は厳しいということをこの機会に私は述べておきたいと思う。そして最後に、電気自動車の正しい発展の仕方への期待を述べたい。

2.急速充電所は本当に必要か
 まず急速充電所についての見解を述べておこう。
 これは、東京電力の技術開発研究所で電気自動車担当部長を務める姉川尚史電動推進マネージャーも語っているが、電気自動車への充電の主役は、夜間電力を使った家庭での充電であり、日中の急速充電は補助的な役割となる。したがって、電気自動車が普及するにしたがい、急速充電所の稼働率はかえって上がらなくなるという予測が成り立つ。
 その理由は、電気自動車の走行性能ではなく、消費者の自動車利用実態が裏付けている。  日産自動車の調査によれば、一日の自動車の走行距離の平均は、日英では50kmが80%を超え、ドイツフランスさらにアメリカを加えた欧米の実態においても、100kmが80%を超えている。こうした使用実態から、現状の160kmという電気自動車の一回の充電での走行距離は、十分に一日の実用を満たしていることになる。
 利用者の実態調査は日産だけでなく、富士重工業と三菱自動車工業でも行っており、既存のエンジン軽自動車を利用する人の走行距離でさえ40〜50kmであると、スバル技術本部の行木稔HEV開発部主査は語っている。また、三菱の調査によれば、平日では40km未満が90%、祝日でも60km以下が80%を越えるとある。
 同様のことは、東京電力の姉川氏も、一日の自動車の利用のピークは30kmのところにあると言い、電気自動車がもし300km走れたとしても、一気にそれだけの距離を自動車で移動しようという人がどれだけ日本にいるのかと、疑問を投げかける。
 では、なぜエンジン自動車は何百キロも続けて走行できる性能を有しているのだろうか?答えは、毎日ガソリンスタンドへ給油をしに行くのは面倒だからである。
 ドイツでは、一回の給油でどれだけ遠くまで走行できるかが重視されるが、それは、速度無制限の高速道路アウトバーンがあるからで、日本の事情には当てはまらない。少なくとも新幹線の利用できる地域への移動であれば、自動車より新幹線での移動を選ぶのが日本の実態であろう。ならば、燃料(ガソリンにしても電気にしても)補給無しで走行できる距離を何百キロも備える必要がどれほどあるのか。
 こうなると、急速充電設備が社会基盤(インフラストラクチャー)として本当に必要なのか?。たとえ必要だとしても、既存のガソリンスタンド(約4万件)に替わるほど多くの数がいるのか、大いに疑問となる。
 もちろん、突発的な用事で遠くまで足を伸ばしたいという事態は起こり得る。あるいは帰宅が遅くなり、家で夜間十分に充電できなかったという事も考えられる。そうしたときには急速充電設備が重宝する。しかしそれは、一年に何度あるかどうかだろうし、目的地への道中、何処かに設備が有れば済む話で、常設の急速充電設備が、町の津々浦々に必要かどうか見極めることが大切だ。事業として見た場合、そうした稼働率の低さが想定される設備に投資する価値があるかどうかは、判断がいる。

日常十分な航続距離
■100kmで日常の用途の80%以上をカバー可能(グローバル)
■日・英では50kmで80%以上カバー


3.本当に必要な充電体制
 電気自動車は、以上のように自動車の日々の使い方を変えるものである。ただしそれは、特別な生活習慣を採り入れなければならないのではなく、携帯電話や、ノート型パーソナルコンピュータ、あるいは電動補助付自転車を日々充電し、使っているやり方と、自動車が同じになるだけである。
 万一に備える補充電についても、創立15年を迎える日本EVクラブでの活動経験からいえば、急速充電でなくとも、家庭用の一般的な100Vのコンセントから、少し充電させてもらえるだけで間に合うという場合が実態のほとんどといえる。ただし、これまでは、見知らぬ家や商店に、充電をしたいと頼んでも断られるか、あるいは怪訝な顔をされ、状況を説明した上で、納得してもらえば小一時間ほど充電をさせてもらえるという、人の好意に頼らざるを得ない補充電であった。その心理負担は大きかったが、その程度の充電で、自宅に帰るなり、目的地に到着できたりするには間に合う。
 この使用実感は、スバルで電気自動車開発をしてきた行木氏も同意している。
 そうした経験からすれば、1基300万円相当と言われる急速充電器が津々浦々に設置されなくとも、たとえばコンビニエンスストアなどが、屋外にある100Vのコンセントを数十分でも貸してくれれば済む話だ。バッテリーの電気が空になる直前まで走る人は少ないわけで、コンビニエンスストアで買い物をする十数分の間だけでも補充電し、そうしたことを重ねてゆけば、想像以上にバッテリーに電気が溜まった状況を保持できるのである。
 コンビニエンスストアだけでなく、ファミリーレストラン、ファーストフード店、コーヒーショップ、ドラッグストア、スーパーマーケット、ショッピングモール、そしてコインパーキング…など、街でよく見かける店や駐車場で、電気自動車で来店した人には充電もサービスし、さらには、電気自動車で困っている人には、コンセントを貸すといった、いわば「充電サポーター」のような支援体制の広がりのほうがむしろ大事で、外出先での充電に関する不安のほとんどがここから解消されていくことになる。こうなると、益々急速充電設備の設置がどれほど必要なのかわからなくなる。
 とはいえ、充電サポーターのような支援体制では、電気料金をどう徴収すればいいかという点が気になる。

4.電気代をどう徴収するか
 東京電力の試算によれば、1時間充電しても20円ほどの電気代でしかない。それをいちいち徴収するのかどうか?ここは、商売の考えどころである。
 これについて、東京電力の姉川氏はこう例える。急速充電設備は、公衆トイレと同じと考えればいいと。駅やデパート、レストラン、スーパーマーケットなど、どこにでも公衆トイレは設置されているが、それを利用した人から、清掃代とか水道代、保守維持の管理費など含め、料金を徴収しているかどうか?
 海外へ行けば、チップとして使用料を徴収する人がトイレの前に陣取っていたりする。だが、小銭の持ち合わせがないとトイレを我慢するといったことを経験した人もあるだろう。逆に、トイレだけを借りたいと思ってコンビニエンスストアに入り、そのまま何も買わずに出てくる人は希ではないか。ガムや飲み物の一つも買うのが、常識的な心情ではないかと思う。そこに売り上げが発生する。
 こうした考え方をすると、益々急速充電設備の設置が事業として成り立つかどうか、一考を要することになる。

5.電気自動車製造は容易か
 次に、電気自動車事業への新規参入の可否である。
 電気自動車は、モーターとバッテリーとインバータがあれば、エンジンはもとより、トランスミッションも、燃料タンクも、排ガス浄化装置も不要になり、全体的には自動車の部品点数が減り、しかも公害対策として必要欠くべからざる排ガス処理装置がいらないので、電気に覚えがあれば参入が可能との意見がある。
 実際、米国カリフォルニア州などでは、電気自動車製造や技術開発に乗り出すベンチャー企業の活躍がメディアを通じて日本に伝えられる。
 しかし、私はそう簡単な話ではないと考えている。  まず電気部品についていえば、モーターは身の回りのあらゆる電化製品に使用されており、無線操縦できる模型の自動車のように、車体に取り付ければ簡単に動くと思われている。もちろん、動く。けれども、それが商品として魅力ある性能を実現できるかどうかは、また別の話だ。
 なぜならば、多くの家電製品のモーターの使われ方は、ある一定回転で運転し続けることを前提としているからだ。したがって、モーター性能表示には、「定格」という表現がある。決まった条件でどれだけの能力や効率があるかを示す性能表記の仕方だ。その表記をそのまま電気自動車のモーターに当てはめると、エンジンの馬力に比べひどく性能が悪いように見える。
 一方、自動車という乗り物は、発進停止が何度も繰り返され、走行中にもエンジンの回転数を頻繁に上げ下げし、速度を調節している。これは電気自動車になっても同じことで、使われるモーターは回転と停止を何度も繰り返し、また走行中も回転を上げ下げしながら速度を調節する使い方がなされる。したがって、家電製品用モーターとは違った性能の出し方が求められるのである。
 電気自動車専用に開発されたモーターは、性能表示もエンジンと同じようにもっとも高い値を表示するようになり、エンジンとの性能比較が行えるようになった。そして、定格といった性能表示はもはやされない。
 乗り物として、電車もモーターを使うではないかという声が聞こえてきそうだ。しかし、電車も運転士の操作をよく観察すれば、駅での発進停止は行うものの、走行中の速度の上げ下げは自動車ほど頻繁でない。モーターが最も効率よく力を出す回転に維持しながら、ほぼ一定速度で走るのが電車の運転の仕方で、自動車でのモーターの使い方とはやはり異なる。
 次に、自動車メーカーがもっとも苦労したのは、バッテリーの管理だ。充電と放電を繰り返す間、搭載されている何十個(三菱i-MiEVの場合で88個)ものバッテリー一つひとつの充電や劣化の状況を監視し、性能差が大きくならない使い方や管理の仕方が研究・開発されている。それというのも、バッテリーを直列につなぎ、数百ボルト(三菱i-MiEVの場合、総電圧330V)の電圧を得る際、数十個のバッテリーの一つでも性能が落ち込むと、その一番低い状態でしか電力を得られなくなるからである。
 また、電気を制御するインバータも重要だ。単に電気を管理・制御するだけでなく、自動車の機能との連動が必要になるからである。一番の例が、回生である。
 回生は、自動車が減速する際、モーターを発電機として働かせることにより、自動車が走るという運動エネルギーを元に電気を得、バッテリーに充電するエネルギー回収のことである。これは、モーターと発電機がまったく同じ機構であることから、電気自動車やハイブリッドカーなどで実現可能な省エネルギー策の一つとなっている。また電車では常識的に使われている。
 さて、ここで減速の場面を思い浮かべると、モーターを発電機に切り替え、減速しながら発電をさせるとき、できるだけ高効率で発電し、バッテリーにたっぷり充電したいところだ。しかし一方で、自動車が減速する場面は千差万別で、信号に合わせてゆっくり停車するときもあれば、急に他車に割り込まれて減速せざるをえないとき、また飛び出しを避けるため急ブレーキを掛けることもあり得る。
 そのように、自動車の減速で第一に優先されるべきは安全の確保であって、バッテリーへの充電ではない。しかしだからといって、エンジン自動車と同じブレーキ装置を優先して働かせたのでは、せっかくの回生という省エネ機能を存分に活かすことができなくなる。安全を最優先しながら、それでいて回生を十分活かし、バッテリーに充電するには、まさにインバータによる回生とブレーキ装置の調整機能に掛かっている。そのためには、ブレーキ装置に詳しく、かつ電気に詳しく、そして実践的な試験走行に熟練した開発者が必要で、そうした人材は、一般的な電機事業者には不在である。
 しかし、米国ではベンチャー企業が活躍しているではないか…となるわけだが、欧米自動車メーカーは、新車開発に部品メーカーと共同開発するという仕事の仕方をとる。対する日本の自動車メーカーは、自社による内製を重んじ、部品メーカーは自動車メーカーの指示通りに部品性能を実現することが求められるという取り組み方の違いがある。
 こうした仕事環境の違いの中で、欧米の自動車メーカーと共同で過去電気自動車開発に携わった技術者が、欧米の自動車メーカーが電気自動車開発を停滞させた際に独立し、いわゆるベンチャー企業として歩みだした。そして再び電気自動車に脚光が浴びるようになると、表立って活躍するようになり、今度は、電気自動車の専門家として欧米の自動車メーカーに参入している。  したがって、米国のベンチャー企業といっても、電機事業からの転身というより、元々電気自動車開発の経験を自動車メーカーと積んできた人たちなのである。

6.新規参入の道はあるのか
 ここまで、電気自動車ブームに乗った新規事業の参入がいかに難しいかを説明してきた。しかし、その難しさの理由は、既存の自動車産業の発想からただ単純に電気自動車に切り替えるだけ(ガソリンスタンドから急速充電スタンド、電機産業から自動車産業への参入など)であるから難しいとしたのであって、電気自動車の本質を見極めれば、そこに事業の機会は存在する。     一つは、通信・情報産業である。電気自動車は、やはり心理的に走行距離への不安を抱えている。そこで、カーナビゲーション上で、充電支援網となる店や施設の情報が簡単に検索でき、日々最新情報が得られることは大切だ。また、渋滞や事故情報をいっそう的確に掴み、目的地へのリルート検索を素早く行い、少ない電力消費で目的地に到着できることも安心を与えることにつながる。
 そのほか、安全面で、電気自動車は走行騒音が極めて少ないため、静か過ぎて、とくに目の不自由な歩行者の安全確保が取り沙汰されている。そこで国土交通省では、何がしかの音を出す実験などもハイブリッドカーで行っているが、それは本末転倒と私は考える。せっかく静かに走る自動車から、なぜ騒音を出さなければならないのか。エンジン自動車でさえ、静かなのが高級とされ、また進化の方向だ。
 日産は、NTTドコモと共同で、GPS機能付携帯電話を所持する歩行者が近くにいると、カーナビゲーション上に警告を促すシステムの実証実験をここ数年続けている。その機能を、目の不自由な人に欠かせないステッキに装着すれば、運転者に、路地などに隠れた歩行者への注意を促すことができる。
 自動車の安全は、本来運転者が責任を持つべきもので、歩行者に危険を知らせ、避けさせるのは筋違いだ。ところがこれまでは、エンジン自動車の排気音で脅してどかせるという行為を安全確保だと錯覚してきただけなのである。せっかく、通信や情報の技術が発達した現代であるなら、その技術を駆使して歩行者の安全を自動車が率先して確保していくことこそが、これからの時代を担うであろう電気自動車の使命でもあるだろう。
 そのほか、自宅での夜間電力による充電といっても、集合住宅や、立体駐車場ではまだ困難である。そこを、不動産業界はどう考え、どう事業へ発展させられるのか。IHクッキングヒーターの普及などオール電化を求める電力会社と、住宅産業との新たな連携に期待するところでもある。
 そのように、電気自動車の本質に迫り、最先端の技術や、将来への生活設計を既成概念にとらわれず見直せば、本当の意味で新しい事業の可能性はあると思う。私の父は、「生きているうちに頭を使え」と、常々言っていた。まさに、今こそ頭の使いどころではないだろうか。


御堀直嗣(みほり・なおつぐ)氏プロフィール
1955年東京都生まれ。77年3月玉川大学工学部機械工学科卒業(流体工学研究室)。78〜79年FL500レース参戦(最高4位2回)。80〜81年 FJ1600レース参戦(ポールポジション1回/優勝1回)。84年〜フリーランスライターとなる。89年12月有限会社ノーティ・ボーイ・アンド・カンパニー設立、代表取締役となる。著書に『電気自動車は日本を救う』(C&R研究所)、『クルマはなぜ走るのか』(2009、日経BP社)、『電気自動車が加速する!〜日本の技術が拓くエコカー進化形』(2009、技術評論社)など多数。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(1993年〜)。日本EVクラブ副代表。日本モータースポーツ記者会会員(幹事1996〜99年)。

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