求められる中堅、中小企業の経営革新
    
 −ひょうご経営革新賞の創設−

神戸大学大学院経営学研究科助教授
原 田  勉

1.フルセット型ビジネスモデルの終焉と経営革新
 厳しい経済環境が続くなか、既存の産業組織のあり方や企業のビジネスモデルについて根本的な問い直しが求められている。従来、日本企業の多くにとって、フルセット型のビジネスモデルを構築し、大量生産・販売のためのシステムを構築することが成功の鍵であった。それは高度経済成長の時代で需要が安定的に伸びていたからであり、そのため投資に対するリターンを正確に予測することが可能であった。また、生産すべき製品についても、手本となるべきものが海外にすでに存在しており、ゼロからの技術開発、製品開発の必要がなくその意味では確実性があったと言える。このような確実性の高い事業環境の下では、事業の遂行に必要とされる機能の多くを自社内に抱えるフルセット型のビジネスモデルが有効だったのである。
 しかしながら、こうした安定的な時代は過ぎ去り、フルセット型ビジネスモデルでは市場競争に勝てなくなりつつある。それは、ある特定の機能に特化した専門業者が台頭してきており、スピードやコスト、品質などあらゆる面で領域によってはこれらの専門業者に太刀打ちすることができなくなってきたからである。むしろ、自社の携わっている事業のなかでコアとなるべき部分に経営資源を集中させ、その他の部分については外部の専門業者にアウトソーシングするビジネスモデルが優位性を発揮しつつある。つまり、特定の機能に特化したカテゴリーキラー型ビジネスモデルが主流になりつつあるのである。
 このようなビジネスモデルを構築するためには、よく指摘される「選択と集中」が必要だ。そのためには、何が自社のコアとなるべきなのか、コアをベースに事業をどのように展開していくべきなのかについて考えていかなければならない。そして、このような問いは、自社の携わっている事業の根本についてもう一度、問い直すことにつながる。すなわち、自社のターゲットとする顧客は誰なのか、その顧客にどのような価値を提供しているのか、そしてその価値を実現する仕組みはどのようなものが望ましいのかという問いに答えていかなければならない。
 このような問いは、通常、事業コンセプトと呼ばれるものであり、企業の生存領域、ドメインを具体的に示すものである。この事業コンセプトを明確に定義することではじめてそれを実現するための仕組み、すなわちビジネスモデルを設計していくことが可能になる。フルセット型ビジネスモデルが終焉した現在では、まずは事業コンセプトを明らかにしたうえで、それを実現する手段としてのビジネスモデル、典型的にはカテゴリーキラー型ビジネスモデルへの転換をはかることが求められるのである。
 しかしながら、中堅、中小企業にとって、その事業コンセプトを問い直し、既存のビジネスモデルをさらに効率的なものへと変革していくことは必ずしも容易ではない。これらの中堅、中小企業の多くは、そもそも事業の仕組み自体が確立されておらず、経営者の個人的な資質、技量に強く依存した経営が行われているからである。このように個人商店の延長線上での経営が行われている場合、どうしても経営者は日常の仕事に追われてしまい、より長期的かつ根本的な事業コンセプトの問い直しをしないままに看過する傾向が強くなる。その結果、事業環境に適した戦略の立案や遂行が難しくなり、一貫性を欠くアドホックな経営かあるいは過去の前例を踏襲した陳腐化された経営が蔓延することになるのである。
 残念ながら、このような経営のあり方では市場競争に勝ち抜くことは不可能であり、生き残ることさえ難しくなるだろう。特に、IT革命と呼ばれる情報技術(IT)の急速な進展は、このような個人商店的経営に大きな脅威を与えることになるだろう。ただしその一方で、この個人商店的経営から脱却できれば、中堅、中小企業にとってITは大きなビジネスチャンスをも提供することになる。
 たとえば、この点について詳しく見るため、アスクルの事例を取り上げてみよう。大手文具メーカー、プラスが立ち上げた新規事業、アスクルは、日本の文具業界に新たな潮流をつくり出した。アスクルという社名は、「明日来る」という言葉からきている。アスクルは、文具用品のみならず食品から家電に至るまであらゆる製品を通信販売、インターネット販売している。顧客からファックスやインターネットを通じて注文を受けると、翌日には配達できる仕組みが確立されており、この翌日配達がアスクルという社名の由来になっているわけである。
 このアスクルのビジネスモデルは、さまざまな点で日本の文具業界にとって斬新なものであった。従来の文具業界では、圧倒的なトップメーカーがコクヨであり、系列の卸・小売を全国的に展開していた。一方、ライバルメーカーであるプラスの系列卸・小売店の数は限られており、同社の商品は消費者の手に届かない状態にあった。メーカー系列の文具店は、当該メーカーの商品以外を仕入れることはない。そのため、末端での小売店の数がそのまま文具業界での市場シェアを決定していたのである。
 そこでプラスは、アスクル事業を通じてこうした系列販売網を使うのではなく、通販やインターネットを通じた新たな販売方法を確立していった。当時、大口である大企業などの注文に対応して商品がオフィスまで届けられることは行われていた。けれども、小口注文をする中小企業や個人客については、こうした納品サービスは提供されておらず、これらの顧客は自ら最寄りの文具店に足を運んで購入する場合がほとんどであった。アスクルはこれらの顧客層をターゲットにし、カタログ通販という新たな手法で文具品購入の利便性という顧客価値を提供することにしたのである。
 このようにして始められたアスクルであったが、創業当初、業績は鳴かず飛ばずであった。このアスクルが飛躍的に成長する大きな契機となったのは、プラス以外の製品、特にライバルであるコクヨ製品を扱うようになってからである。顧客からはコクヨ製品を購入したいという声が多く寄せられた。ただ、ライバル製品を扱うことにはプラス社内でも抵抗が根強く、議論は1年続いた。結局、今泉プラス社長の決断で、他社製品の取り扱いが許可された。
 結果的には、この決断が大きな成功へとつながっていった。2〜3割引という大きな値下げに踏み切り、他社製品もカタログ通販を開始した95年以降、売上は一気に拡大した。その後、2年にわたって売上高は3倍増を記録し、97年にはアスクルはプラスから子会社として独立することになった。そして、他社製品を扱うだけでなく、文具品中心だった品揃えも、飲料や家電など幅広い分野に広がっていったのである。
 従来の文具店を通じた取引では、@定価販売、A取り寄せまで時間がかかる、B文具店に買いに出向く、必要があった。それに対し、アスクルでは@割引販売、A翌日配達、B自分のオフィス・自宅でのワン・ストップ・ショッピング、が実現できる。こうした安い、早い、便利ということがアスクルの提供する独自のサービスになったのである。
 アスクルはもはや文具メーカーではなく、顧客に代わって文具メーカーから商品を購入して販売する卸兼小売業に特化している。このようなアスクルの提供する機能は、顧客に代わって商品を購買する購買代理業として位置づけることができる。これは、購買に関して顧客のわがままを聞いてやるということに他ならない。顧客が欲しい商品のリストをカタログで提供し、望む場所に即座に配達をすることである。換言すると、客との対話の場を提供し、その要望を解消していることをカタログ通販やインターネット上で実行していったのである。この顧客との対話の場やそこでの購買代理機能の提供自体が新たな顧客価値を実現していったのである。
 このアスクルの事例のように従来、文具業界で二番手であったプラスが他社製品を扱い、自ら卸業者へと進出していくことで自社製品の売上増をはかり、トップメーカーであるコクヨを追い抜く勢いを得ることができた。従来の強者であったコクヨの場合、その強みが足かせとなり、アスクルに十分対抗することができなかったのである。
 このような従来の弱みを強みへと変えていくためには、事業コンセプトを徹底的に見直し、それに合ったビジネスモデルを確立することが必要である。アスクルの場合には初期の段階ではITを積極的に活用していたわけではないが、今ではインターネットを通じたオフィス用品の販売が主流になっている。
ITは、このような弱みを強みに変えるための手段の1つとしてきわめて有力なものなのである。
 このようにIT革命の進展は、中堅、中小企業に大きなチャンスを提供しているが、そのチャンスを掴み取ることのできる企業は実態としてはあまり多くないものと考えられる。上述のように、個人商店的経営を依然として継続している企業が多いからであり、事業の仕組みが確立されているところがそもそも少ないからである。
 したがって、このような中堅、中小企業こそが、最優先で経営革新に取り組んでいく必要がある。まずは、経営者の個人技に依拠した経営から脱却し、事業の仕組みを制度として確立することが肝要である。そのためには事業コンセプトをゼロベースで問い直し、経営ビジョンを明らかにして経営戦略を立案していかなければならない。そのうえで、人材開発や職場の業務環境、業務の仕組みとそのマネジメント、情報の共有化とその活用について制度として確立する必要がある。さらに経営者は、この経営ビジョンや経営戦略の浸透をはかるための強いリーダーシップを発揮していくことが求められる。こうした一連の経営革新こそが今、中小企業には特に求められているのである。

2.ひょうご経営革新賞の創設
 このような経営革新を支援する1つの方法として、兵庫県ではこの度、「ひょうご経営革新賞」を創設することになった。この賞の主な目的は、県下の中堅、中小企業の経営革新を支援し、兵庫県内の各種産業を活性化していくことにある。具体的には、財団法人社会経済生産性本部が中心となって平成7年に創設した「日本経営品質賞」に準拠した評価基準を採用し、それらに対する中堅、中小企業の理解を深め、評価基準のポイントに沿った既存の経営体制の見直しとその変革を支援していくことになる。
 ここでの評価のポイントは、@経営ビジョンとリーダーシップ、A顧客・市場の理解と対応、B戦略の策定と展開、C人材開発と職場・業務環境、D業務の仕組みとそのマネジメント、E情報の共有化と活用、F企業活動の成果と顧客満足度、という経営革新のための7つのポイントである。
 この経営革新のための7つのポイントは、一連の経営活動の主要部分を体系的に網羅しており、各ポイントでは、さらに掘り下げた評価項目が具体的に設定されている。経営革新のためには、まずは、各ポイントについてバランスよく配慮した経営の仕組みを確立し、そのうえで、それらを絶えず改善していくための学習の仕組みをも組織に定着化させることが肝要である。それは、決して終わることのないプロセスであり、「ひょうご経営革新賞」の評価基準は、ベストプラクティスをいくつか提示してそれを模倣すれば事足りるものではあり得ない。大切なのは、常に顧客価値を高めていくために学習し経営の仕組みを革新し続けることである。経営の状態ではなく、こうした経営のプロセスを重視していくことこそが、経営革新を遂行し続けることに他ならないのである。
 「ひょうご経営革新賞」では、県下の中堅、中小企業を対象にした研修プログラムを実施し、以上の評価基準について参加企業の理解を深め、その経営革新の取り組みを積極的に支援していく。そして、そのなかで特に経営革新の成果が著しい企業には「ひょうご経営革新賞」が贈られることになる。表彰された企業は自らの経営の仕組みを公表し、そのベストプラクティスを共有していくことで他の企業にとっても経営革新のためのヒントを提供し、その試みを促進していくことが意図されているのである。

3.ひょうご経営革新賞の平成12年度の試み
 この「ひょうご経営革新賞」を本格的に立ち上げていくための試みとして、兵庫県は平成13年2月14日と同年2月16日の2回に分けて、ひょうご経営革新賞第一回研修プログラムを各々、姫路市と神戸市で実施した。この研修プログラムでは、「ひょうご経営革新賞」の概要について解説し、自己診断フォームへの記入に関する演習を行った。第一回研修プログラムは、姫路市、神戸市と合わせて合計50社程度と期待以上に多くの企業が応募してきた。その意味では、県内企業の多くがこの「ひょうご経営革新賞」に関心を持っており、実際にその考え方を吸収しようとする強い意欲を伺うことができる。
 そして、この研修プログラム参加企業のなかで希望するところには、選考のうえ専門家を派遣し、現地での個別評価、指導を受けられるようにした。平成12年度はやや簡略化された1日研修を実施しただけだったが、数社からの応募があり、現地評価・指導を行った。
 これらは、平成13年度から本格的に「ひょうご経営革新賞」を立ち上げていくための実験的な試みである。この種の研修会にどの程度の企業の参加が見込まれるのか、現地審査に要する時間はどの程度であり、そこでどのような障害があり得るのか、賞に関心をもつ中堅、中小企業の経営の実態はいかなるものなのかについて知見を得ることがここでの目的である。こうした情報をもとに、平成13年度、本格的に「ひょうご経営革新賞」を運営していくためにどのような課題があるのかを明らかにし、それに素早く対処していくことが求められる。
 なかでも課題として指摘できるのが、「ひょうご経営革新賞」を受賞することによる明確なメリットを打ち出すことである。たとえば、「ひょうご経営革新賞」と、兵庫県で実施している中小企業経営革新支援法との有機的な結びつきを深めていくことが考えられる。「ひょうご経営革新賞」を受賞すれば、中小企業経営革新支援法での融資の承認が下りやすくなるというような仕組みである。「ひょうご経営革新賞」を受賞した企業は、単なる書類審査だけではなく、専門の審査員の現地審査を経て選ばれたところである。その意味では、経営の仕組みやその内容に踏み込んで一定の水準をクリアした企業であると言える。このような優れた企業の経営革新を支援するために融資していくことは、中小企業経営支援法の精神にも合致するものであろう。このような可能性については、すでに兵庫県でも検討されており、早急に対処される見込みである。

4.おわりに
 この「ひょうご経営革新賞」のような表彰制度は、全国都道府県レベルでははじめての試みである。実際、「ひょうご経営革新賞」は、多くのマスコミでも記事として取り上げられ、大きな注目を浴びている。今後、このような試みは、多くの地方自治体でも広まっていくことが予想される。そのなかでこの「ひょうご経営革新賞」は、先駆的なモデルケースとして重要な役割を果たしていくだろう。兵庫県下の中堅、中小企業の経営革新を通じて全国各地にも同様の動きが広がっていくことが強く期待される。その意味でも、この「ひょうご経営革新賞」に多くの県内企業が関心を持ち、積極的に取り組んでいくことを強く望む次第である。