巻頭言
「知のネットワーク拠点の育成を」
神戸大学長
野 上 智 行
日本社会は迷走し、不安が社会を覆い尽くし、人心の荒廃が顕著になりつつある。誰もがなんとかしなくてはならないと焦り始めている。この状況から私たちはどのようにしたら脱出できるのであろうか。ここでは、大学の立場からこのことを考えてみたい。
先ず、何よりも、人間の可能性を信じることである。そして、個々に内在している知(知識やアイデアや技能や感性)を引き出す場を構造化し、それを共有し、社会の課題に対してそれぞれの価値観と知識とアイデアを闘わせながら、具体的な行動にまで組織することが不可欠であると考えている。このアクションの中心に大学が位置することができるようになった時、日本は新たな社会構造を構築できると考えている。
これを実現するには、大学人や設置者が努力するのは当然のことであるが、なにより重要なことは、その大学の所在する地元が大学を育てる意識をもち、大学を活用し、大学を地域の諸活動のコアに育てていくことであると考えている。幸い、兵庫県、関西の政財界にはこのことを理解いただき、新たなビジョンの構築とともに、積極的な関与をいただいている。
研究大学は長期レンジの基礎研究だけを行い、企業の研究所は新製品の開発に直結する研究だけを行う、という一般的理解(誤解?)、あるいは、企業と大学の共同研究は、大学の自主的な研究をスポイルするという考え方の存在、大学の研究は現場からかけ離れたもので、実社会にはなんらの貢献もしないという捉え方、さらには、国立大学の改革を待っていたのでは、何も解決しないと見切りをつけ、いっそ企業内に大学を造ってしまおう、という動き。これらの考え方の前提を徹底的に洗いなおし、日本社会の抱えている課題に照らして評価することが急務である。
いずれの大学も、少子化の急速な進展によって待ったなしの改革を求められている。大学は大きく変化しようとしており、新たなスタンスを模索している。これは日本社会を変革する最大のチャンスであり、この機会を生かすことができるか否かに、我が国の命運がかかっていると考える。
大学を知のネットワーク拠点とすることを一大学人の勝手な想いで終わらせるのでなく、兵庫県下にある国立総合大学の学長として責任をもって実現したいと考えている。関係諸氏のこれまで以上の関与と参画を、誌面を借りて切にお願いしたい。