重税感と税制のゆくえ


神戸大学大学院経済学研究科
玉 岡 雅 之

.重税感
 「重税感」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。自分たちの支払っている税金の額が「多い」「重たい」という漠然とした概念ですが、多くの国民が多かれ少なかれ感じているようです。2002年1月に朝日新聞と産経新聞の世論調査が行われ、その中でこの重税感についての数字が出ています。
 朝日新聞の数字(2002年1月30日付け朝刊)を引用しますと、「あなたは、いま払っている税金について、どんな感じを持っていますか。」という問いに対して、

 非常に重い     
 やや重い       
 あまり重くない   
 まったく重くない   
 その他・答えない  

31
51
12
2
4

という回答になっています。税金が重いと感じている方は全体の82%にも上っています。それでは数字(統計)の上で税金の負担がどうなっているかを見ることにします。
図1は国民負担率の推移を表しています。国民負担率はご承知のように租税の支払いや社会保障の負担が国民所得のどれくらいを占めているかを表す数字です。数字で見る限り、国民負担率、なかでも租税負担率は最近では下がる傾向にあることが分かります。租税負担率の租税の中には個人が払う所得税以外の法人税なども含まれますから、重税感を示す指標としては適切ではないかもしれません。そこで重税感を感じているであろう給与所得者について見ますと、平成14年度の経済財政白書の中で給与収入別の実効税率について述べているところ(第2章第1節)からは、やはり実効税率がわずかながら近年では下がってきていることが分かります。


(注)財務省資料より作成

 ここ数年間で政策的な減税が行われてきていますが、手取り収入の減少の方が目に見えて分かりますので、実効税率は下がっているのに「税負担は重い」という感じを受けていることが推察されます。逆に言うと、減税がどれくらい行われているのか、もっと言うと、自分の支払っている税額が1年でどれだけであるかを実は給与所得者が把握していないという事実を逆に示した世論調査であると見ることもできます。給与所得者が自分の支払った所得税額を知らないというのは年末調整制度にも由来していると思われます。
 ところが、2000 年に76.5%もの国民負担率をもつスウェーデンでは「重税感」と呼ばれるようなものは国民は感じ取っていないようです。少し古い数字になりますが、1992 年にスウェーデン政府の統計局が行った調査においても、「市民への国家給付を考慮すると税は高くない」という項目に過半数の人が印をつけていることからも分かります。日本国民が政府の行うサービスをどの程度評価しているかは分かりませんが、数字の上から判断すると「政府サービスの水準は国民負担率から見ると国際的に低い水準であるのに、税負担は重い」と国民が判断しているという皮肉な結果となっています。

2.税制の動向
 さてここ数年間で日本を始めとしたいろいろな国で税についてどのような動きがあったかを簡単に見ておきましょう。
 ここで対象とするのはいわゆる先進国といわれる国です。大きく分けると直接税と間接税の2つに税を分類することができますが、まず最初に直接税について見てみましょう。直接税についてまず注目すべきは「税率のフラット化」と呼ばれる現象で、特に所得税について見られます。ご承知のように所得税は累進課税を特徴としており、年間の所得が上昇すると(課税)所得が上昇するごとに適用される税率が上がっていくことになっています。かつての日本では所得税の税率の刻み(ブラケットともいいます)が最高で19もあり、住民税についても14の刻みがありました。所得税の最高税率と住民税の最高税率を名目的に足し合わせると90%を超える高い限界税率になっていました。一見すると非常に高率の税に思えますが、次の図2を見てください。大きな円の中に黒い円が入っています。この大きな円は所得全体を表すものと考えます。中の黒い円はその中で課税される所得(課税所得)を表すものとします。一定の税収をあげようとするときに課税所得が小さく(大きく)なるほど必要な税率は高く(低く)なることが容易に分かると思います。非常に大ざっぱにいうと、税率のフラット化が起こる前の各国の所得税の課税状況は左の図のようになっていたと考えてもよいでしょう。課税所得がいろいろな特別措置から小さくなるので、必要な税収を調達するためにどうしても税率が高くならざるをえませんでした。税率が高くなると勤労意欲に水を差すとともに、税のかからないように所得の実現方法を工夫して図中の白い部分に入ろうとしますから、ますます課税所得は小さくなって悪循環に陥ります。これに対して右の図では所得のほとんどが課税の対象となっており、税のかからない所得の実現方法を見つけるのが難しくなります。と同時に必要な税率が低くて済みますから、税率が高い場合に懸念される勤労意欲などへの悪影響が少なくなることが期待できます。

現在日本では4段階の所得税率ですが、税率のフラット化を先駆けて行ったアメリカでは当初は2段階の税率にしました。従来の税率水準よりも劇的に低い税率に設定したので、導入の前後で所得税の累進性を緩めるのではないかという懸念も多々表明されましたが、上に述べたように税の負担率は表面的な税率ではなく、所得に対して実際にどれくらいの税負担をしているのかという実効税率で見るのが適当です。アメリカにおける税率のフラット化が高所得層の実効税率を下げたという積極的な事実や研究は今のところ見つかっておらず、イギリスや日本を始め、その後の各国の税制改革の動きに大きな影響を与えました。
 1990 年代に入って税率のフラット化の流れに加えて北欧諸国の税制改革の動きがありました。これまでの所得税は総合課税といって基本的にあらゆる種類の所得を合算して、合算した所得に累進課税を適用するというものでした。「基本的に」と書いたのは、実際上は数々の例外措置があり、また所得の種類ごとに違った税率を適用するという分類所得税の考えも取り入れられていたからです。日本の所得税制もその例外ではなく、純粋な総合課税の制度からはかなりかけ離れていると考えてもよいでしょう。このような状況の中で1991 年にスウェーデンで「二元的所得税」と呼ばれる制度が新たに導入されました。二元的所得税は所得の種類を大きく勤労所得と資本所得の2つに分け、資本所得には単一の税率をかけ、勤労所得には累進税率を適用し、最低税率を資本所得に適用する税率と等しくするものです。また法人税率を資本所得税率と等しくすることも考えます。こうすることにより、これまで資本所得に対して適用されていた高い限界税率を避けるための租税回避行動を阻止し、個人企業と株式会社といった企業形態の選択に対して中立的になり、より低い税率を適用することから生産要素の海外流出を防ぐことが期待された訳です。当然のことですが、資本所得の中に利子・配当、土地・株式のキャピタルゲインを含め、勤労所得の中に賃金・給与、年金のみならずフリンジベネフィット(現物給付など給与以外の形で所得を得ること)までをも含めて課税ベースの拡大を図ったことによって税率の引き下げが可能となったわけです。
 次に間接税について見てみましょう。特に注目すべきは日本も「消費税」として運用している付加価値税を世界中のほとんどの国が採用するように至ったことです。付加価値税は立法化されたのは日本が世界で最初だったのですが、実施されるのは消費税創設まで待たなければなりませんでした。世界で初めて付加価値税制を実施したのがフランスで約50年前ですから、50年間、特にこの10年間でまたたく間に世界中を席巻したことになります。付加価値税については、

・一度導入されたら廃止されることはない
・導入後、(標準)税率が下がることはない

ということが大きな特徴となっています(ごくごく少数の例外はもちろんあります)。
打ち出の小槌ではありませんが、付加価値税が各国の財政当局によって貴重な money machine として重視されていることが分かります。

3.今後の税制のゆくえ
 さて、それでは今後の日本の税制はどのような方向に向かって進んでいくのでしょうか。正確に予想することは難しいですが、現在議論されていることから類推して、今後起こるであろう税制の変更や、あるいはそのために考えておかなければならない点を簡単に整理しておきたいと思います。
(1)課税最低限の引き下げ
 日本の所得税の課税最低限は国際的に見て非常に高いということがよく言われます。
実際にはそれほど高いということではないのですが、イメージの方がどうも先行しています。直間比率や国民負担率の議論もそうですが、国際的な数字の平均値から見てある国の当該数値が高いあるいは低いということは、それ自体は実はほとんど何も言っていないのに等しいです。国際的な数字の平均値より高いあるいは低い数値をとっているのは、その国の国民を含むこれまでの選択によってなされてきたからです。問題は特定の指標が特定の数値をとることによってその国にどのような問題を引き起こしているかにあると思います。
 さてそれでは日本の課税最低限、あるいはそれを構成している各種の控除制度にある問題点とは何でしょうか。様々な問題点が考えられると思いますが、戦後ずっと引きずっている問題としてやはり給与所得控除の問題が挙げられると思います。ご承知のように給与所得控除は給与所得という形態の所得を得るためにかかる費用を概算的に計算するものです。給与所得控除が設けられたのは歴史的な経緯があり、どう評価するかは一筋縄ではいかないのですが、多くのサラリーマンがその恩恵を被っています。特定支出控除といって特定の経費について課税所得計算上経費として認め、概算で計算した給与所得控除額を上回った場合に上回った部分を給与所得控除分に上乗せして控除できる制度がありますが、実際には給与所得控除で計算した控除額の方がはるかに多いのがほとんどです。クロヨン問題の陰に隠れてきた形になっていますが、実は実際にかかった経費に基づかない概算での経費の控除は課税所得の侵食に直接につながっていますので、侵食(=特別措置)をなくすためには給与所得控除額の見直し(=引き下げ)は避けて通れないようになるでしょう。ただ全体として所得税の負担水準をどうするかのビジョンを給与所得控除額の削減と同時に示さなければなりませんので、他の所得控除の額の吟味や所得の把握方法の改善も同時に検討課題に上ることになると思われます。
(2)消費税の税率
 先ほど付加価値税を導入したほとんどの国で税率が上昇していると書きましたが、日本も例外ではありません。また今後財政支出の増加が見込まれることから早晩税率の見直しが浮上してくることは間違いありません。

表1 食料品に対する付加価値税率の国際比較
  標準税率 食料品に対する税率
フランス 19.6 5.5
ドイツ 16
アイルランド 21
イギリス 17.5
ノルウェー 24 12
デンマーク 25 25
韓国 10 10
オーストラリア 10
中国 17 17
出所:財務省資料より作成

 税率を上げる場合に検討課題になるのは税率をいくつ設定するかということです。現在の日本の消費税は5%(うち1%は地方消費税分)という付加価値税を採用している国の中では非常に低い税率でしかも単一税率になっています。税率が2桁パーセント台になってきたときに、税負担の逆進性が強まるのではないかということがまず懸念されると思います。そこで真っ先に考えられるのが、生活必需品とりわけ食料品に対して標準税率よりも低い軽減税率を適用することです。表1は2003年1月現在の各国の付加価値税制における標準税率と食料品に適用されている税率を示しています。この表を見ると非常に興味深い事実が分かります。税率が高い国のほとんどでは食料品に軽減税率を適用していると思われるかもしれませんが、税率が高くても食料品に標準税率を適用している国、具体的にはデンマークや中国などがあります。また軽減税率を適用している国を見ても、標準税率の半分前後の税率を適用している国(ドイツやノルウェーなど)もあれば、ゼロ税率を適用している国(アイルランド、イギリス、オーストラリアなど)もあります。ゼロ税率を小売りの段階で適用すれば、税抜きで100円の商品が税込みでも100円で販売されます。今後日本で食料品に対する消費税の扱いをどうするかですが、次のような点を考慮する必要があると思います。

・そもそも食料品に対して特別措置を採るかどうか
・特別措置を採る場合に、食料品に軽減税率を適用するか非課税措置を適用するか
・軽減税率を適用する場合にゼロ税率を用いるかどうか

という3点です。
 1点目について疑問に思われるかもしれませんが、付加価値税を一番長く運用してきたヨーロッパ諸国の経験からは「税率はできるだけ少ないほうがよい。付加価値税による逆進性解消のためには付加価値税自身ではなく、社会保障など他の手段によるべきである。」ということが分かっています。税率を複数設けると納税義務者である事業者の負担が飛躍的に増えることと、軽減税率を食料品に適用しても逆進性解消には実はそれほど役立たないからです。事実デンマークなどは食料品に対しても標準税率を適用していますし、比較的遅く付加価値税を導入した日本やオーストラリアなどでも事情は同様です。逆に言えば、社会保障などで逆進性解消のための手段を用意できない国では複数税率を設定することがあるということです。もちろん例外もありますが、複数税率で付加価値税を運用するためには税額控除方式でインボイス(仕送り状)を用いないといけなくなります。とりわけ日本ではインボイスの採用が焦点となってくるでしょう。
 2点目の軽減税率か非課税措置かということについてはよく混同されています。非課税措置を食料品などに適用する場合、小売段階で行うと思いますが、卸の段階まで含まれていた付加価値税を控除できないというだけで、小売業者の仕入れには付加価値税が含まれています。したがって税抜き100円の食料品が小売の段階で100円で販売されるということではありません。これに対して軽減税率を適用する場合は、標準税率が20%の場合は税抜き100円の食料品は120円で販売されるのに対して、10%の税率で税抜き100円の食料品は110円で販売されることになります。非課税措置を各食料品に適用した場合は、小売段階で付け加える付加価値の比率がどれだけであるかによって各食料品の値段は変わってきます。場合によっては1物多価の可能性も生じ得ます。軽減税率の場合はそのようなことはありません。
 3点目はもう明らかだと思います。ゼロ税率を食料品に(小売段階で)適用すれば食料品にはまったく税が含まれていない価格で消費者に販売することができます。その反面、食料品からの付加価値税収はゼロとなって国庫にとっては非常に厳しいのと同時に税収はゼロなのに納税のための事務作業は軽減されるどころかむしろ増えることになります。したがって、同じ事務作業量であれば国庫に少しでも貢献するゼロ以外の軽減税率を適用する国が出てくるのも不思議ではありません。
 以上3点から分かることは

・食料品にも標準税率を適用すべきこと
・それが出来ない場合は非課税措置ではなく軽減税率を適用すべきこと

の2点です。特に軽減税率の場合にゼロ税率を用いるかどうかは消費者の税負担に与える影響と、納税義務者に与える影響とを数字を出して比較検討して慎重に選択しなければならないと思います。

(3)地方分権
 さて最後に地方分権について触れておきます。地方分権をどのように定義するかは千差万別で決まったものがある訳ではありませんが、ここでは仮に「住民や地方自治体が自らの行う事業・サービスを自らの意思で決定する」という意思決定上の分権と「そのような事業・サービスを行うための財源を自主的に賄う」という財政上の分権の2つを指すことにします。意思決定上の分権は財政上の分権の支えがあって実現すると考えてもよいと思います。
 財政学に「財政錯覚」という用語があります。本来は住民自身の負担になるはずなのに、負担自体が目に見える形になっていないので、政府から受けるいろいろなサービスがあたかも無償で提供されているように思い込んで、過大な財政需要をもってしまうという現象を指しています。日本の地方財政を支えてきた地方交付税制度や補助金の制度がこの10年来激しく批判されてきましたが、それはひとえに住民や自治体に錯覚をもたらす要因であると認識されてきたと考えてもよいかもしれません。上で定義した地方分権やそれに基づく地方財政は、地方が自主財源に基づいて自分の仕事の内容を決定するということですから、自らの行う仕事やその財源について、錯覚ではなく、自覚をもたなければならないことを意味しています。この自覚をもつということが実は冒頭で述べた「重税感」と密接に関係してくるのです。今後の具体的な地方分権の過程で地方交付税制度などによって行われてきた地方団体間の財政調整がどのような方向に向かうかにもよりますが、現在享受しているサービス水準を維持するだけでも自治体によっては当然のことながら負担増となるところがあります。この負担増をより目に見える地方税という形で賄っていかなければならなくなります。財政錯覚がなければ国・地方間の税負担の配分がどのようであっても総額としての負担率が等しければ国民全体としての負担感は変わらないはずですが、財政錯覚があると考えると地方に税の配分が今までよりも来ることによって負担感が上がることになるでしょう。

4.まとめ
 本稿では「重税感」という漠然とした概念から現在の税制を考え始めました。今後国民負担率の上昇が予想されることから、同じ租税負担率であればより重税感の低い間接税、具体的には消費税に税収の比重を移していくことが十分考えられます。現在は5%の税率ですが、2桁パーセント、しかも20%台の税率になってくると間接税であっても、あるいは間接税であるが故に負担感は一層増すことになります。ヨーロッパに旅行されたり、暮らしたりなされた方はすでに経験済みのことかと思います。さらに地方分権で税源が地方に移譲され、身近な自治体から課される税額が増えるとさらに重税感が増す可能性が大であることは本稿で述べた通りです。
 これらの事象から国民の生活に非常に明るくない未来が待ち受けているように感じられると思いますが、負担感の上昇を否定的に捉えるのではなく、住民が自分自身の支払っている税額を実感し、行政サービスや税の使途についてより厳しい目を向けるきっかけとなると肯定的にも考えてはどうでしょうか。現在行われている税制改革や地方分権の議論がどのような方向に行くにせよ、住民に tax payer としての自覚を促すものであればそれだけでも議論の甲斐があるのではないかと思います。

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