<企業の今>   タカハシパール株式会社

あこや真珠の魅力にこだわり、
“神戸の真珠”を徹底追求
NPO「ひと粒の真珠」により環境問題にも取り組む

高橋英二社長の一言:
「いいから売れるモノづくりをしたい」
(安いだけでは商売にならない)

 
 神戸真珠加工業界では「加工」のタカハシパールとして知られている。現社長の祖父・藤堂安家氏、父・高橋真助氏のシミ抜き技術は抜きん出ていた。そのモノづくりにかける精神は現在まで受け継がれている。今では、真珠の素材加工からデザインを含めた製品化まで事業内容は拡大しつつあるが、あこや真珠の調色技術は業界からも一目置かれている。同社社長・高橋英二氏に、業界や企業の歩み、業界動向や事業展開、真珠の街・神戸のあり方等を聞いた。また、日本固有の四季が織なすあこや真珠の美しさを伝えたいと、NPO法人「ひと粒の真珠」を立ち上げ、その代表理事を務める同社副社長・高橋洋三氏にその活動内容を伺った。

神戸の真珠加工業や御社の歩みは
(社長)真珠というと、養殖場である伊勢、宇和島などが有名ですが、神戸は日本最大の真珠の集散地、加工、流通の拠点です。神戸に真珠加工業が発展した理由として、加工技術が開発されたことが大きい。私の祖父・藤堂安家が、みにくいシミ玉が白色やピンク色になることを発明し、神戸で真珠加工業(合資会社小富士商会)を起こし、神戸の真珠業界の成り立ちそのものに深く関わりました。戦後(昭和24年)、父・高橋真助が合名会社高橋兄弟会社を設立し、戦後の輸出ブームに乗って成長しました。その成長過程では、真珠の作りすぎとか、昭和40年代の大不況とか、その後の成長期とかいろいろありました。
 当社は昭和59年に高橋兄弟商会の真珠部門を分離独立し、設立しました。業務内容も、設立当初の輸出用商品、昭和60年以降の国内市場向け加工卸、そして平成元年からの真珠宝飾品部門への進出がありました。真珠宝飾品への進出は試みというレベルでしたが、他社には真珠ジュエリーの小売部門を伸ばし大きな成果を上げた企業もありました。しかし、その後、バブルが終焉し、震災が起き、業界は大きな壁を乗りこえなければなりませんでした。それを乗りこえた企業が今ここにあります。現状に合うようなやり方で生き残っているのです。当社の場合、とくにメーカーとしての特色を強く持とうと意識し、企業の優位性を発揮するため、ある程度的を絞り「売れる商品」を集中的に作るようにしました。この分野では他社に負けないという製品です。そのため、震災後すぐ社内に「モノづくり会議」を設置しました。
 輸出全盛時代は、わざわざ海外からバイヤーが当社の応接室までやってきました。今は待っていてはビジネスになりません。売れる商品すなわち魅力ある商品を提供する必要があります。10数年以上前から展示会ビジネスが盛んになりました。ところが、展示会で真珠の玉を糸で通しただけの連を展示していては、値引き合戦になるだけです。そのため、デザインをした真珠宝飾品に近い商品を提供する必要が出てきました。買い手も大量に買うのでなく、当面必要な商品だけを探しにくる。そのため、魅力のある商品を提供しないとお客様のニーズとミスマッチが生じてしまいます。そういうところが展示会ビジネスの難しいところです。一般に神戸にいるだけでは、そういうノウハウが身につかないし、また、理解できません。
 1980年代に第1回の国際宝飾展が千葉・幕張で開催され、当社は第1回から毎年、参加し続けた結果、展示会のやり方を学びました。私は常々「つかんだチャンスは離すな、一生懸命真剣にやったら何かある」ということを、社内で口をすっぱくして言っております。当初は神戸にしか営業所はなく、東京の取引先は大手卸に限られていました。ところが東京にはたくさんのお客様がいることが分かりました。彼らは自社の企画に合わせた仕入をします。当然、ネックレスを並べるだけでは他社との差別化ができません。パールジュエリーを作ってある程度絞り込んだ商品を売る必要があります。当社には、真珠の素材を仕入れるノウハウ、安く良い製品に加工する技術・ノウハウがあり、真珠のジュエリーに特化していることが強みです。特化したからこそ、値段も安くすることができます。従来の常時何でも揃えているデパート的な商売ではなく、仕入材料も企画に合った材料に絞るなど、商売のやり方も変えてきました。こうした展示会参加は、当社の事業内容を変えました。素材を売るのと、デザイン・付加価値をつけた製品を作るのとは全然違います。そのかわり、当社はダイヤ、エメラルドなどのジュエリー製品は一切作りません。
 他社のように小売部門を持つ会社は違います。基本的に個人の好みに合わせることができるかどうかで勝負が決まります。その結果、よい顧客を持っている企業は業績も伸びています。最大手企業クラスになると、自社ブランドを持っていますから、真珠だけでなく、ジュエリーも幅広く扱っています。まさに、ナショナル・ブランドになっています。
 当社にもグラマラスな大粒の玉だけを使用する「テュケ」というブランドがあります。小売価格で30〜40万円しますが、特別なデザイン性の高いブランドとして、大手の宝飾卸からも脚光を浴びています。
 こうして、販売先は増え、取扱商品は真珠玉からデザインした最終商品に近いところまで変化しました。

日本のあこや真珠の競争力は
(社長)日本のあこや真珠の地盤沈下が一番の問題です。世界の真珠市場といえば、日本だけが提供するあこや真珠のみでしたが、次に淡水真珠が登場しました。それから白蝶真珠、さらには黒蝶真珠が出てきました。そして今度は中国産の安価なあこや真珠が台頭してきたことが、日本の真珠養殖、加工業にとって大きな打撃となっています。ところが中国のあこや貝を日本の海に入れ、養殖、生産したところ、逆に貝が大量に死んで、生産は落ち込んでしまいました。また、中国産のあこや真珠は日本のあこや真珠が持つ“照り”、“透明感”と比べると、品質が劣ります。日本のあこや真珠で高品質のものは、依然として競争力があります。中国真珠の進出は逆に、日本のあこや真珠のよさを再認識させる“光明”の役割をもたらしたと言えます。まず、浜揚げの相場から値が違います。日本のあこや真珠は高品質のものは値段も下がりません。しかし、たとえ日本産でも品質が少し悪くなると、値段は極端に下がってしまいます。
 今後、日本の真珠生産業者は斃死しない品質のよい母貝をどれだけ作れるかが鍵です。この結果いかんにより国際競争力のある真珠を作れるし、また、売れると思います。
 当社の場合、売上の価格ベースで、あこや真珠が5割強、残り5割弱の7割が白蝶、3割が黒蝶です。白蝶、黒蝶の南洋真珠は増産し続けており、値段も年々下がっています。このため、在庫を持ちたくないのですが、白蝶、黒蝶はやはり売れるため、ある程度の在庫は必要です。また、浜揚げ時のあこや真珠の仕入れ時期は12月〜2月と短いのに対し、白蝶、黒蝶は世界中のどこかで、毎月のように入札会があります。このところがあこや真珠との大きな違いです。
 従来、あこや真珠は、毎年のように2、3割、価格が上下するので、約2年分の在庫を持つことにより、値段のリスクヘッジができるといわれてきました。しかし、今、南洋真珠は年々価格が下落するため、長期の在庫は困難です。その結果、白蝶の一部などでは生産者が採算ギリギリでやっています。

多様性に富んだ真珠の消費動向は
(社長)真珠は景気の変動に一番左右される商品の一つです。今、景気も幾分上向いてきており、今年の秋口以降に期待しています。現在でも50代、60代向けのフォーマルなネックレスが意外と健闘しています。
 これに対し、若い人に売れているのは、カジュアル感覚でファッション性は高いが、淡水真珠などを材料にした3万円以下の商品です。良質のあこや真珠となると、それなりのコストがかかります。当社はいろいろな意味で「いいから売れる」商品を作りたいと思います。
 日本真珠振興会では、6年くらい前から「成人式に真珠のネックレスを」という二十歳のキャンペーンをやっています。女性が二十歳になって初めて身につける本物のジュエリー・宝石に、一生いろいろな場で使える真珠を選んでほしい。若い人のファッション性を求めるジュエリーにイミテーションや淡水真珠が多いのは事実です。しかし、あこや真珠の良さをもっとPRし、啓蒙したい。あこや真珠のネックレスはフォーマルな場だけでなく、他のジュエリーとのコーディネーションにより、カジュアルな使い方もできます。このため日本真珠振興会では、6年前から二十歳のタレントを選んで真珠をプレゼントし、テレビで放映しています。
 震災の時、神戸では商売できないため、東京の御徒町でアンテナショップを出しました。御徒町は、かつて“かんざし”など飾り職人の多かった地域ですが、1,200軒〜1,500軒の宝飾品店があります。当社のオリジナル商品はスペースの割によく売れるので、大手宝飾品卸売会社が行う展示会からの出展要請も増えて、東京での商売のウエイトが大きくなってきました。
 商売の流れは東京の方からくることが実感できます。神戸だけにいると、日本一安く仕入れ、効率よく販売すればよいといった考えでよかったのですが、時代が変わっており、まさに売れる商品を取り扱わないといけないと思うようになりました。
 当社には、本社工場の他にも宇和島に仕入基地、加工基地、ショールームがあります。伊勢には熟練工が多いことから加工基地があります。

NPO法人「ひと粒の真珠」の活動が脚光を浴びていますね
(副社長)私はNPO法人「ひと粒の真珠」の代表理事を務めています。この活動の主旨は、あこや真珠は、なぜ、ほかの真珠と比べて美しいのかということを一般の人たちに伝えることです。日本独自の美しい真珠を生み出すあこや貝を育てたい。どんな貝を作らないといけないかを突き詰めると、それは、日本の海が育てたもの、ほかの国にはないものであることが分かる。これを皆さんに伝えるためNPOを立ち上げたのです。日本特有の四季があこや真珠の独特の巻きを生みます。また、日本の海の栄養、滋養、これが真珠層を作り上げる時のカルシウムとタンパク質の結合に影響している。特にコンキオリンというタンパク質を構成しているアミノ酸には微量の金属イオンが含まれるということがはっきりしてきた。ですから日本の森の保水力が豊かでないとその養分や地中の金属イオンが川に流れ出ず、川から海へも流れない。その結果、栄養、滋養のある海が育ちません。この会は地中の色々な要素を海まで運び出してくれる自然の力の源となる落葉・広葉樹を山に植えるというものです。この活動を通じて、皆さんにあこや真珠が自然に深く関わっていることを伝えることがNPO設立の主旨です。
 そのため、神戸の真珠業者には活動で使用するためのあこや真珠を提供してもらっております。一般の皆さんには、一口1,000円の募金をしてもらい、「ひと粒の真珠」のついたカードを渡します。こうして、日本の自然があこや貝に深く関わっていることを知っていただきたいのです。市民グループの集いで講演をするなど、啓蒙活動に積極的に取り組んでいます。

真珠の街・神戸の発展について
(社長)神戸は真珠の集散地です。世界の真珠が集まって、出ていく機能を持ち続けたい。また、今と同様、多くの業者にいてほしい。そのためには、まず、香港のようにフリーポートのようなシステム化が必要です。今年6月に、神戸市、神戸税関に保税地区として認定していただき、神戸ファッションマートで、「タヒチパール国際展示入札会」をやりました。入札会場を保税特区にして、通関する際に、商品に関税をかけないでほしいとお願いし、実現したものです。これを一つの突破口として、常時、システムとする特区にしてほしいと思います。香港のように保税扱いが神戸で実現できたら、日本中から、世界中から、必ず多くの業者が集まると思います。
 この入札会は、タヒチ最大の養殖業者「ロバート・ワン・タヒチ・パール」が年3回香港で開催しているものですが、今年はSARSにより、神戸で開催したものです。うまくシステム化することが出来れば、インドネシアやオーストラリアも、いずれ神戸で入札会をやるようになるでしょう。
 もう一つ、神戸らしい神戸発のデザインが重要です。加工は勿論、卸でも小売でもいい。そして、デザイン・コンテストにとどまらず、商品としていかにファッション性あるものを作り上げるかが重要です。「パール・ジュエリー」として品質の高い商品を業者がお互いに努力して開発し、地元の人、消費者に購入していただくことが大切です。こうした環境が整えば、真珠の街・神戸もさらに発展していくと思います。

(聞き手:水上 潤)

会社概要
社     名  タカハシパール株式会社
本     社  神戸市中央区山本通1丁目6番20号
代 表 者  高橋英二
資 本 金  5,000万円
売 上 高  25億円(平成15年2月期)
従 業 員  34人
東京支社 東京都台東区上野5丁目22番1号
宇和島支社 愛媛県宇和島市弁天町1丁目5番20号
伊勢支社 伊勢市楠部町字奥278−8