日本の少子高齢化と人口減少問題


神戸大学大学院経済学研究科
教授  山 口 三十四


はじめに
 少子高齢化や人口減退に対し、年金問題等で非常に悲観的な考えを持つ者と、逆にきわめて楽観的な考えを持つ者に分かれている。通常は非常に悲観的で、出生力の回復を望む声が支配的であるが、中には出生力低下は歓迎すべきものとの意見も見られる有様である。まず悲観者の意見からみることにする。

第1節 日本の出生率低下と韓国の人口奨励政策
 日本の合計特殊出生率は2003年に1.33へと最低のレベルへと低下した。また、日本のみならず、韓国の合計特殊出生率は2001年に1.3へと低下し、2002年には1.17と日本の2003年の1.33以下へと急低下している。すでに韓国では、2003年2月に「新人口政策方策」が出され、出生奨励策が採られることとなった。韓国は1962年から1996年までの30数年間の人口増加抑制政策を採っていたが、突如出生奨励政策へと転換したことになる。しかし、日本の場合はリプロダクティブ・ライツの主張等により、韓国のようには行かないのが現状である。
 <何故出生率が低下するのか> これまでから出生率低下の原因には、子供から得られる便益に比べ、費用が高くなったこと、女性の教育水準が上がり、女性の労働力率が上がり、機会費用等の間接費用が高まったこと、教育費を筆頭とする直接費が高くなった点、保育施設の不十分さ等があげられていた。これらは従来から言われたものであった。しかし、現在顕著に出生率低下に働いているのが、男性の結婚率の低下(未婚率の上昇)である。男子(女子)の、生涯未婚率も1970年の1.7(3.3)%から2000年には12.6(5.8)%へと増加し、男子(女子)の、35-39歳での未婚率に至っては、1970年の4.7(5.8)%から2000年には25.7(13.8)%へと増加している。女子に比べ、男性の未婚率の顕著な上昇が読み取れよう。その原因としては、第1に、社会が未婚者へ寛容になった点、恋愛結婚至上主義により、見合い結婚が減少した点、また見合い結婚を世話していた人が減少したこと等があげられる。第2にパラサイトシングルやディンクスが増加した点、第3に、年金にペナルティがなく、子供を持つか持たないかに関わらず、一定であること。第4に、人口減少を美化するジャーナリステックな意見が存在すること。第5に、子供を持つ便益が低下し、逆に費用が増加した点。第6に、1人の子供を育て、大学まで行かす教育を含む養育費用が、数千万円もする(3人の子供では、1億円近くになる)のに、年金の差がなく、家族手当、児童手当が不十分である点等が考えられる。

第2節 少子高齢化への悲観的意見
 親が子の面倒を、高齢になり子が親の面倒をみる「扶養連鎖」が、高齢化社会の到来で続かなくなっている。すでに、1997年9月11日の『日本経済新聞』夕刊は、この点の報告を行っていた。そして、この問題が最大のピークとなるのが、2020年だと述べていた。すなわち2010年には、国民の4人に1人が65歳以上の高齢者という世界最高齢者国となる。また14歳以下の子供数は高齢者数の半分という少子国になり、「扶養連鎖」が断ち切れるという。さらに、公的年金は、現在は4人が1人を支えているが、2015年には2人が老人1人を支えることになるという。それゆえ、公的年金は給付と負担のバランスが大きく崩れてしまうというのであった。経済企画庁の研究会が示した計算結果によれば、財政や社会保障の改革をしないで、現状を維持した場合、国民所得に占める社会保障と税金の負担率(国民負担率)は、2025年には51.5%にも達するという。しかもこれに財政赤字の大幅な拡大が加わると、同年の国民負担率は73%にもなるのである。すなわち、収入の4分の3が税金や社会保障等の負担で消えてしまうと報告していたのであった(詳細は山口[1999]を参照)。
 <少子化対策> それに対し、少子化への対策としては、山口[1999]でみたように、@子供を公共財として出産を評価する積極的意見(高山憲之)、逆に、A子供を私的財とし、男性の労働時間を問題視する意見(島田晴雄)、Bどのような文明社会を維持させるかを明確にさせ、出生抑制を是正するような制度改革を行う意見(正村公宏)等の意見があった。また、C経済界では東京商工会議所が、人口減少社会対策基本法(仮称)の制定、保育施設等の拡充、育児休業期間の延長、仕事と出産、育児の両立を可能にさせる業績評価制度の重視、事実婚や婚外子の社会的容認等の12点もの少子化対策を発表している。さらに、D自民党は児童手当の見直し、公的年金制度に子育ての評価(出生手当や児童手当)をする案、保育所利用者の所得税控除等を考えているという。しかも、自民党の規制緩和委員会では、子供を産まず他人の子の負担で老後を考える者には税金を課すべきとのペナルティ論、男性も育児に参加を等の意見もあったという。3人の学者の意見、経済界や自民党の意見はほとんど異議のないものであろう(子供が公共財か私的財かの論争以上に、両者の提案は政策的にも強力に奨められるべきものである)。
 第Eに、上記論文で、筆者は正村公宏説が一歩踏み込んでいるが、それだけでは十分ではなく、効果も制約されるだろうとのコメントを行っていた。すなわち、資源の多消費をしない発展途上国で人口爆発が、逆に経済至上主義的な考えが支配的で、資源多消費で環境問題を生じさせている先進国で、少子化が進むのは南亮三郎の言う「マルサスの原理」( [1971年]参照)が働いているからであるとの論旨であった(この点は、1983年9月という約20年前という、早い段階で、山口[1983]で指摘していた)。「マルサスの原理」とは人口は、単なる人間の集まりではなく、あたかも生きた生命体のようなものであり、何か問題が生じれば、解決する力が法則以上の原理として固有に備わっているという点を指す。それゆえ、先進国が経済至上主義に陥り、環境問題という人間の生命に関わる問題を持っているゆえ、そのような人口を増加させない少子化現象が生じているという解釈である。
 <結婚に対する調査結果> 一方、最近の日本は結婚に対し、安らぎや子供家庭を求めるという正常な気持ちを持つ反面、独身の自由を楽しむ、お金の余裕がある、独身貴族でいられるという独身のメリットをあげる者も多くなっている。第1表はこの点を詳細に表している。ここでは、紙幅の制限の為、詳述はできないが、第1表を参照されたい。一方では、共働きで子供を意図的に産まない(産めない場合は除く)ディンクス等も存在する。それゆえ、多くの子供を産み、教育費等子供の養育費に多くのお金をかけ、本人は切りつめた生活をしている者にとり、2人の所得を思いのまま使い、贅沢な生活を楽しんでいるディンクスや独身貴族等をみて、複雑な気持ちになるのは当然であろう。その意味で、高山憲之や自民党のいう公的年金制度に子供の評価を入れるという主張は当然のことである。また結婚への障害は、結婚資金が最大の課題であるが、バブルの名残の豪華な結婚式等は費用がかかるものである。その点最近のジミ婚等は結婚の障害を軽減し、出生率低下を防ぐという意味で、好ましい方向のものであろう。

第1表 結婚に関する調査結果


<結婚の利点>(1)男子で同居の場合:第1位:安らぎ28.3%、第2位:社会信用25.1%、第3位:子供家庭18%、第4位:親の期待11%。男子で別居の場合:第1位:安らぎ41.5%、第2位:社会信用16.2%、以下、子供家庭12.9%、愛情暮らし11.1%、親の期待、生活の便利が各6.8%の順。
<結婚への障害>男子で同居の場合:第1位:結婚資金32%、第2位:住居19%、以下、親の扶養16%、親の承諾10%、仕事7%の順。男子で別居の場合:第1位:結婚資金44%、第2位:住居16%、以下、親の扶養12%、親の承諾10%、仕事8%の順。
女子で同居の場合:第1位:親の扶養25%、第2位:結婚資金23%、以下、親の承諾14%、仕事12%、住居10%の順。女子で別居の場合:第1位:結婚資金27%、第2位:親の承諾19%、以下、仕事14%、親の扶養10%、住居7%の順。
<独身生活の利点>女子同居の場合:第1位:行動の自由63%、第2位:金銭余裕10.1%、以下、友人関係9%、職業社会6.6%の順。女子別居の場合:第1位:行動の自由75.8%、第2位:職業社会8.5%、以下、友人関係7.3%、今の家族2.4%、金銭余裕2%の順。
<結論>(1)持家確保や低廉な家賃の住宅で、多数の子供→「居住の安定性」が重要。(2)高所得が現在の居住水準の高さに導き、多数の子供→「現在の生活状況」も重要。(3)長期的に居住可能な住宅で多数の子供→「将来の生活水準の見通し」が重要。(4)親族の同居や育児に専念できる職業で多数の子供→育児環境が重要。これより、「居住安定化政策」、「経済活性化政策」、「親族同居を可能にする間取りや広さの住宅」「延長保育など付加機能のついた住宅地の開発」等の4つの政策が重要。
(出所)浅見泰司・石坂公一・大江守之・小山泰代・瀬川祥子・松本真澄〔2003〕

第2表 人口の生産面・消費面・文化面・教育面等への貢献


人口の生産面への貢献
*人口の経済へのマイナスの効果(人口の消極的作用)
(1)人口増加は1人当たり所得を減少させる。(2)人口増加は年齢構成を変化させ、就業人口比率を減少させ、1人当たり所得を減少させる。(3)子供は現在の貨幣の限界効用を増加させ、時間的選好を現在に向け、貯蓄よりも消費を多くさせる。(4)公共施設等から受ける1人当たりサービス量は減少する。
*人口の経済へのプラスの効果(人口の積極的作用)
(1)人口増加は労働力を増加させ、生産にプラスに働く。両親の労働量を増加させる。農村社会等では子供の労働力は極めて重要である。(2)規模の経済、分業や競争を生じさせ、生産性を高める。(3)必要は発明の母である。(4)知識の蓄積が行われ、天然資源の開発等を進める。天才の出る数はより大きい人口数の場合に絶対数で大となり、経済に貢献する。
人口の消費面や文化面、教育面およびその他の面への貢献
(1) 人口成長率の高い国は青年人口の割合も大きく、新生産物に対する感応性が大きく、新しい職業に対する順応性、適応性、活気等も大きい。青年層の教育水準は老年層よりも高く、消費以上のものを生産し、貯蓄をする。若年層は流動性が高く、資源の最適配分に一役を買う。(2)人口成長は道路等のインフラストラクチュアの建設にプラスの貢献をする。高人口成長は人口密度を高め、輸送、教育や衛生面にプラスの影響を与える。オーバヘッド・コストは人口に関係なくある程度の大きさが必要であり、多くの人口では割安になる。開発途上国では人口成長が灌漑や農業投資にプラスに働く。

第3節 少子高齢化への楽観的意見
 これまでから、少子高齢化に対する楽観的な意見もあった。その典型的な代表者は松谷昭彦・藤正巌[2002]や原田泰[2002]であった。松谷昭彦・藤正巌は、まず、これまでは積極的な設備投資による市場シェアーの拡大が目的であったが、今後は市場の先行きを読み、自分の企業をスリム化した者が勝ちだという。それゆえ、政治家や行政官でなく、自分で考え、方向を見極める必要があるが、悲観的ではなく、明るささえ感じるとも言っている。つまり、それらの変化にいかに速やかに順応できるかが問題であるという。そして、第1に、年金支出や医療保険支出のパンクに関する批判に対しては、負担と給付の大きささえうまくゆけば、問題はないという。第2に、労働力減少が規模、技術開発やインフラの縮小へと進み、じり貧に導くとの批判に対しても、労働力減少はかえって技術開発を進ませ、支持が少ないインフラは整備する方が財政の効率化から望ましいと反論する。第3に、労働力減少による労働コストの上昇に関する批判に対しては、経済が縮小し、労働需要も減少するゆえ、コストは高くならないという。第4に、人口減、消費減、物価・地価下落、企業収益率・株価の低下、右肩上がりから右肩下がりとなり、経済が低迷するという批判に対しては、物価は供給も下がるので、下がらず、生産量低下はコスト低下を伴うゆえ、収益率も下がらないという(彼らに対する批判は、山口[2002]と注1を参照されたい)。
 また、他に、楽観的な考えを公表しているエコノミストは原田泰である。彼の楽観的な根拠としては、第1に、人口減少は、一人あたり生産性を高めること(これが問題。注1も参照)。第2に、労働人口が減る国で一人あたり生産性が伸びていること(労働力人口は減少しても、人口自体は増加している国を対象にしている)。第3に、ゆとりある住環境が得られること。第4に、交通混雑も減少すること。第5に、女性、高齢者の労働を利用できること。第6に、短時間就労等、労働の多様化が可能なこと(これが出生率低下を加速する面がある)。第7に、医療、介護や年金のコストを下げ得るゆえ、心配する必要はないという。
 <楽観論者の問題点> 楽観的論者の言い分も、もっともな点が多い。しかしきわめて大きな問題は、この出生率が継続的に低下しても、1人当たり所得は人口が3000-5000万人になる今世紀末でも、現在と同じ水準を保つかの印象を与えている点である。かつてのフランスで顕著であったように、出生率はいったん低下すると、回復はきわめて困難な事態となるという点である。筆者も究極的には日本の人口は8000万人から1億人程度に低下し、またこの程度の人口の方が、多くの良い点もあるのではないか思っている(この点は、筆者もすでに発表済)。しかし、江戸時代や明治初期の人口で、今日の1人当たり所得を維持することは到底可能ではないであろう。彼らの言い分は分かるが、出生率低下が止まらない日本で、このような楽観的議論は出生率低下を加速させ、非常に困るものである。多くの楽観論者の論文は、腰を落ち着け、行き届いた理論モデルを形成し、計量的モデルで実証した本格的な研究ではないことが多い。つまり、あまりにもジャーナリステックで、参考文献の記載もなく(両者とも全くない)、非常に無責任な議論が多い。それは善良な市民に誤解を与え易いものである。第2表は人口のメリットデメリットを記載したものである。この中のメリットの点、とりわけ人口増加は青年人口の割合を大きくさせ、新生産物に対する感応性も大きく、新しい職業に対する順応性、適応性、活気等も大きい。また青年層の教育水準は老年層よりも高く、消費以上のものを生産し、貯蓄をする。若年層は流動性が高く、資源の最適配分に一役を買う面等は、特に一層の評価が必要であろう。

おわりに
 以上、少子高齢化の実態、それに対する楽観的見解と悲観的見解の対立等を見てきた。特にあまりにも楽観的、無責任で、ジャーナリステックな議論は出生率低下を加速させるものとして、大いに問題がある。このままでは、2005年を越えると、10年間に1000万人以上の人口減が生じることになる。プロダクテイブ・ライツという主張が入ると、なおさら回復は困難であろう。皮相な見方をすれば、そのような人口は必要ないという「マルサスの原理」が働いているとでも言いたいのであろうか。

注1)彼らへの書評を行った山口[2002b]から引用すれば、次のようになる。“さすが経済と医学で精力的に活躍する2人だけに、論旨明快な書物である。しかし非常に大きな問題点も多く含んでいる。先ず、合計特殊出生率は2015年に1.25に低下し、その後1.35になるとの彼等の予測では、日本人口は3000数百万人どころか最終的にはゼロとなる。一方、1人当たり所得は高水準を維持するというが、第16図からも、高い1人当たり所得が継続するという仮定は無理がある。第2に、多くの点で彼等と同意見の書物がすでに存在する。また「先進国の人口が減少するのはマルサスの人口の原理が働いているゆえ」という筆者の永年の主張と同じ主旨も述べている(P. 206)。しかし、1冊の参考文献の記載もない点は、剽窃問題にも繋がりかねないことを理解する必要があろう。第3に筆者は、日本人口は最低6000〜8000万人は必要だと思っている。欧州の世界人口のシェアーは22.5%(1340年)から8.4%(2000年)へと低下し、規模の経済を求め、ブロック化に必死である。しかし第2次大戦でアジアを侵略した日本によるブロック化の提唱は不可能に近いであろう。それゆえ、日本人口をどこまで減少させればよいかの記述が必要であろう。第4に、少子化の現在、人口減のプラス面を強調されすぎると、政策としては極めてまずく、かつ右肩下がりの社会では、彼等が心配するように、企業、民間人、政治家が既得権を主張するゆえ、実現性は非常に困難であろう。他にも問題点は多々あるが、一方では多くの学ぶべき点も多く、幅広い人々に一読をすすめたい書物である。”

[参考文献]
[1]浅見泰司・石坂公一・大江守之・小山泰代・瀬川祥子・松本真澄「少子化現象と住宅事情」『人口問題研究』第56巻第1号、2000年3月、pp.8-37。
[2]原田泰「人口減少と日本経済の将来」『農業と経済』2002年10月号。
[3]松谷昭彦・藤正巌著『人口減少社会の設計』幸福な未来への経済学、中公新書・2002年。
[4]南亮三郎『人口学総論』千倉書房、第4版、1971年。
[5]山口三十四『日本経済の成長会計分析―人口・農業・経済発展』有斐閣、1982年。
[6]_____「日本経済の成長会計分析への軌跡」『書籍の窓』有斐閣、1983年9月、pp.1-24。
[7]_____「少子化の現象の認識と予想される事態」『長寿社会研究所・家庭問題研究所研究紀要』第4巻、1999年3月、pp1-10。
[8]_____『人口成長と経済発展―少子高齢化と人口爆発の共存』有斐閣、2001年。
[9]_____「少子高齢化の人口動態と経済社会への影響」『都市政策』第106号、2002年1月。
[10]_____書評:松谷昭彦・藤正巌著『人口減少社会の設計』in『人口学研究』第31号、2002年11月。

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