防災都市づくりの5つの課題

独立行政法人 消防研究所 理事長
 室 崎 益 輝


はじめに
 阪神・淡路大震災(以下、大震災と呼ぶ)は、現代の都市がいかに脆弱で危険であるかを、甚大な被害でもって明らかにするものであった。それだけに、二度と同じ悲しみを繰り返さないために、真に安全な都市を構築することが私たちに大きな「宿題」として課せられた、といえる。そこでこの宿題にこたえるべく、防災都市づくりのあり方を考えよう。

防災都市づくりのフレーム
 防災都市をつくるということは、災害に備えるためのハードウェア、ソフトウェア、ヒューマンウェアを充実することに他ならない。ハードウェアとは「ものづくり」、ソフトウェアとは「しくみづくり」、ヒューマンウェアとは「ひとづくり」である。すなわち、防災都市づくりは、防災ものづくり、防災しくみづくり、防災ひとづくりに分けられる。
 ここで確認しておかなければならないのは、このうちのどの一つを欠かしてもならない、ということである。あるいは、このうちのどれかに防災都市づくりを矮小化してもならない、ということである。「まちづくり」という言葉がある。ここでの「まち」は、ハードを示す「街」でもなく、ソフトを示す「町」でもない。街路整備などのハードと町内整備などのソフトを融合させる必要があるとの認識のもとに、「街」と「町」の両方に通用する「まち」を用いている。「まちづくり」は「ものづくり」と「しくみづくり」を兼ねあわせたものとして、安心につながる広場や建物を建設するとともに、安心につながる地域経済やコミュニティをつくるものとして、位置づけられる。
 ところで、ものづくりは行政によるものづくりと民間によるものづくりに分けられる。消防署の整備や防災道路の整備などは前者、個人住宅の建設や生け垣の植樹などは後者である。前者に対しては防災面からの公共の手による「事業実施」、後者に対しては防災面からの民間への「規制誘導」が、防災都市づくりの課題として設定される。また、しくみづくりは経営戦略に係わるしくみづくりと組織運用に係わるしくみづくりに分けられる。防災計画の策定や防災法規の整備は前者、自主防災組織の整備や広域応援協定の策定は後者である。前者に対しては防災面からの制度整備を含んだ「計画策定」、後者に対しては防災面からの資源管理を含んだ「態勢構築」が、防災都市づくりの課題として設定される。
 以上の、事業実施、規制誘導、計画策定、態勢構築に、ひとづくりに係わる防災面からの「教育啓発」を加えて、防災都市づくりの基本フレームが構成される。そこで、この5つの課題のそれぞれについて、そのあり方を検討することにする。

(1)事業実施によるものづくり
 大震災で確認しなければならないことは、市街地や住宅の構造や体質が脆弱であったから、市街地炎上による焼死や住宅倒壊による圧死がもたらされた、ということである。つまり、市街地や住宅の脆弱な体質の改善をはからない限り、安全な都市は構築できない、ということである。さて、市街地の体質改善では、消防署や病院あるいは小学校などの防災性をもつ拠点施設の整備、公園や緑地あるいは水路などの緩衝性をもつ減災空間の整備といった施設整備事業に加えて、密集市街地の解消や防災インフラの整備といった市街地整備事業が必要になってくる。
 大震災後のハード整備の事業をみると、施設整備事業では防災拠点機能をもった小学校の建設などが進み、市街地整備事業では都市再開発事業や区画整理事業などが広範囲に実施され、震災前に比べてより安全になったものと評価できる。がしかし、次の大震災に耐えうるかという視点でみると、「水と緑のネットワーク構想」の頓挫に象徴されるように、防災性の向上につながる減災空間の整備が限定的であったこと、ライフラインの耐震化や防災道路のネットワーク化の進捗が今一歩で、防災性の向上につながる都市基盤の整備が不十分であったことなど、反省材料というか未解決の宿題が数多く残されている。
 ところで、もっとも反省しなければならないのは、燃えやすい都市の体質の改善がはかれなかったということである。再建により木造住宅が新しくなったとはいえ、市街地の密集かつ無秩序の危険な状態を改善するに到らず、次の地震でも大火が起きることは避けられない。「都市の不燃化をはかる」というわが国の都市防災の悲願は、諸般の事情から今回も達成できなかった。都市防災の専門家として、無念というか悔いの残るところである。

(2)規制誘導によるものづくり
 ものづくりでは、もっと大きな課題が大震災により提起された。それは生活の拠点としての「住宅の安全化をはかる」ということである。これには、第1に地盤の安全化と構造の耐震化が欠かせない。前者については土地利用の規制が、後者については耐震補強の誘導が求められることになるが、ここでは紙面の関係もあり、耐震補強についてのみ詳しく考察することにしたい。
 再建された住宅については、最新の耐震基準で建設されており基本的には問題がないといえるが、非被災地を含めて無数の旧態依然とした脆弱な構造の住宅が残されており、それらの住宅の防災面からの修理や建替えが急がれている。ここで確認しなければならないのは、なぜ住宅が倒壊したのかということである。倒壊の最大の原因は、住宅の持続的な補修や新陳代謝が行なわれていない、ということである。一方で、大掃除などの習慣がすたれて建物のメンテナンスが疎かになったこと、他方で、市街地における接道義務などの建築制限が厳しくて建物の建て替えがままならないことが、建物の老朽化や脆弱化を加速して倒壊を余儀なくしたのである。となると、住宅のメンテナンスや補強を誘発し、建替えや修理を促進することが欠かせない。
 ここでは、補強や新陳代謝を促す思い切った規制緩和や助成誘導が欠かせないが、実効性のある方策が残念ながら、とられていない。その結果として、老朽住宅の耐震補強も進まず、密集市街地の新陳代謝も進まない。ということで、予防における補強や建替に対する誘導施策の充実強化を求めたい。

(3)態勢構築によるしくみづくり
 ハード面ではさしたる成果があがらなかったが、ソフト面では大きな成果があがりつつある、といってよい。その最たるものが、行政における危機管理体制の整備であろう。その一例として、危機管理室や防災監の設置に象徴されるように、防災体制の一元化がはかられたことが指摘できる。広域応援の体制をみても、緊急消防援助隊や災害ボランティアが台風23号や中越地震で活躍したことに示されるように、整備強化が進んだと評価できる。
 といっても、体制や組織の整備が進んだのは全国レベルや府県レベルで、市町村レベルやコミュニティレベルでは課題が数多く残されている。体制の整備では「上高下低」の傾向があるといってよい。それだけに、自主防災組織など地域に密着した防災力の強化が急がれる。この地域密着型ということでは、地域に根ざす商店街や事業所の果たす役割が大きく、コミュニティと企業の連携が求められよう。

(4)計画策定によるしくみづくり
 しくみづくりでは、防災都市のビジョンや戦略を指し示す防災計画の策定が欠かせない。いうまでもなく、行政レベルの地域防災計画の充実をはかることが欠かせないが、市民も参加した形でのコミュニティレベルの防災計画づくりを推奨したい。そのなかで、非常時の高齢者等に対する支援の具体化をはかる、日常時の防災まちづくりの協議をみんなで進める、地域のNPOや企業などとのつながりを築く、といった取組みが期待される。
 この計画策定においては、行政の計画であっても企業の計画であっても地域の計画であっても、その進捗状況を絶えずチェックしその効果を検証するという実行管理が欠かせない。「誰が何時までに如何に達成するか」を常に明らかにして取り組むということである。「この3年で家具の転倒防止を100パーセントやりきり、予想される死者の数を1/3にする」といった形で計画を管理するということである。

(5)教育啓発によるひとづくり
 最後に、防災都市づくりにおけるひとづくりの大切さを強調しておきたい。防災の心と防災の知恵と防災の技能の3つが揃わないと、防災は前に進まない。この心と知恵と技能を獲得するうえで教育が欠かせない。とりわけ「やる気」といってよい「防災の心」を育むのが大変である。これがなければ、行政もコミュニティも真剣に防災に取り組む態勢にならないからである。
 防災都市づくりの教育は、学校教育、地域教育、メディア教育の3本柱で展開されるが、日常生活あるいは地域文化の一部として、防災に係わる教育学習が展開されなければならない。まちづくりのワークショップや図上訓練ゲームさらにはインターネットスクールなど、学習のツールも充実してきているので、教育を最優先した防災都市づくりの展開を期待したい。

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