<健
康>やさしい健康科学【1】
生命とは何だろう
神戸大学名誉教授
岡 田 安 弘
やさしい健康科学シリーズをはじめるにあたって
編集者の方から健康についての小文をシリーズで寄稿することを依頼されました。最近書店の本棚は、生活習慣病、心筋梗塞、健康食品、血液をサラサラにさせる方法など様々な健康、家庭医学書であふれています。従って様々な病気の解説や治療法の話は、それらの本を参考にしていただくこととして、この健康科学シリーズでは、巧妙に出来た体の成り立ちとからくりを説明しながら、違った角度から私たちの生命、健康そして病気について論じてみたいと思います。まず第
1
回目は生命とは何かについて生物学的な面からその定義について考えてみたいと思います。
生命とは何だろう
生命とは何だろう。生きるとは何だろう。これらの問題は人間である限り誰もが抱く疑問です。医学に携わるものは学生時代に最初に解剖実習があり、自分と同じ体をもった冷たい体にメスを入れねばなりません。そのとき疑問に思うのです。このご遺体にもいきいきと生きた時代があったのだ、私たちと同じ体であるのにその人の生命・いのちはどこに消えてしまったのだろうかと。
生命は物質からできています。人の体は他の生物と同じように大部分は水からできています(表1)。そして構成する物質としてはタンパク質、脂質、炭水化物、無機塩類などです。遺伝プログラムの担い手のDNAが単なる単純な物質であるように、生命を構成する物質はこの世界のどこにでも存在するような諸物質の組み合わせによってできているのです。
| (表1)
ヒトの体を構成する化合物
化 合 物 体全体に対して占める割合 |
生命とは何だろう、という問いに対して自然科学としての生物学的立場(生理学、生命科学)からでさえも様々な意見があって、必ずしも一つの言葉で答えることはできませんが、生命が表2に示すような特徴を持っている点では、ある程度の合意が得られています。
その第 1
は植物や動物を含めてすべての生物が細胞といわれる単位からなっていることです。私たち生き物の祖先はサルでもライオンでもなく、その一番の大元は37億年前海の中で偶然にできた細胞(バクテリア)であるといわれています。いろいろな働きの差はあるにしても私たちの体を構成する60兆の細胞もこの原始の時代の細胞の続きと考えられます。
第 2
には細胞分裂を通して自己と同じものを造りだし(自己複製)、自己保存することです。これには遺伝プログラムを持つDNAのはたらきが重要であることはご存じの通りです。第
3
番目には、それぞれの細胞、ひいては個体全体が生命を維持するために代謝(物質交換、摂りいれた物質の分解と合成)を行い、変化していることです。この代謝によって、体の構成成分を合成したり、エネルギーを生み出しているのです。この代謝が止まるとしたら、それが死を意味するのです。第
4
の特徴は細胞内で、あるいは細胞どうしで情報交換をして、体の状態を一定(ホメオスタシス)に保っているのです。これには神経系や内分泌系の働きが大切です。第
5
の特徴は生物が時とともに進化することです。これは必ずしも前に向かって進歩することではなく、生物が自己複製の過程で様々な要因に適合しながら変化することで、それによって何百万種といわれる多種多様な生物が生まれることになったのです。そして第
6
番目には生物は必ず死ぬということです。生物のことを「生きもの」といいますが、同時に「死にもの」でもあるのです。
| (表2) 生命(生物)の特性
(1)
生命は細胞からなりたっている・・・・・・・・・・・細胞 |
‘生命’には生物学的に見てこのような特徴があるのですが、これはあくまでも物質としての側面から見た生命の定義で、いわゆる現代医学は科学的医療としてこのような生命の考え方に基づいているといえるでしょう。しかし生命には知識としての生命だけでなく、もう一つの‘生きる’という側面があることを忘れてはならないのです。健康について考えるとき、生命はそれらの両面を同時に含んでいることを知っておくことが大切なのです。