人口減少社会における防災政策の課題

人と防災未来センター
専任研究員 永 松 伸 吾


1.はじめに:防災対策における長期的視点の重要性
 近畿から四国にかけて甚大な被害をもたらすとされる南海地震については、今後30年以内に発生する可能性は50%であると言われる。南海地震の発生間隔は、前回の地震規模と比例関係にあることが経験的にわかっている。前回の南海地震は1946年に発生しており、比較的小規模だった地震規模と照らし合わせると次の地震までの間隔がおよそ90年と求められ、そこから2036年頃に発生する確率が最大になると考えられている。
 これは南海地震がここ数年のうちに発生する可能性を否定するものではない。自然現象である以上、完全なる予測は不可能である。しかしながら、経験的にみればここ数年に発生するよりも、30年程度先に起こる可能性の方が高いことは間違いない。そうだとすれば、我々は短期的な対策だけでなく、30年という時間を有効に使い地域の防災力を2036年頃にピークに持って行く長期的な対策が極めて重要である。
 ところで、そのころ我が国の社会構造はどのようになっているのか。国立社会保障・人口問題研究所によれば、2035年の我が国の人口は 1 億835万人1)と現在よりもおよそ15%も減少することが予想されている。このことは、他の政策分野と同様に、防災政策においても深刻かつ新たな課題を突きつけている。それらのすべてが現時点で予見されているとは言い難いが、筆者のこれまでの研究や活動を通じて見えてきた問題について以下論じてみたい。

2.建築物の耐震化
 地震防災対策の代表的なものとして、建築物の耐震化がある。地震による道路や橋脚、堤防、ライフラインなどの社会資本の機能停止は、市民生活に深刻な影響をもたらすことは言うまでもない。阪神・淡路大震災の発生により、こうした社会資本の耐震性は強く意識され、必要なものについては順次改修・補修が施されている。しかし、30年のちには1970年代に建築された土木構造物が一斉に老朽化し、その維持管理経費だけでも莫大な金額となる。図 1 は、国土交通省が行った我が国における社会資本の維持管理・更新費用の推計である。これによれば2010年頃から、既設社会資本の老朽化等に伴い、急速に維持管理・更新費用が増大する。なお、これは総投資額が毎年 1 %減少した場合のケースであり、人口減少により国内総貯蓄がこれ以上のスピードで減少した場合には、更新投資すらも十分に行えなくなる可能性がある2)。長期的に見れば耐震化どころか、維持管理が不十分で現在よりも脆弱になった社会資本を抱える危険性すら存在するのである。
 より直接的に我々の命に関わる問題として住宅の耐震化がある。国土交通省は平成17年の「地震防災戦略」において10年間で我が国の住宅の耐震化率を現在の75%から90%に引き上げる目標を設定した。しかし現場の地方自治体ではその実現可能性を問う声が少なくない。

  図1 社会資本の維持管理・更新費用の推計


 現実には、国民の耐震化投資の意欲は決して高いとは言えない。横浜市では木造戸建て住宅の耐震化に対し、その費用の 9 割(最大450万円)の補助を行う制度が存在した3)が、平成11年度以降17年度末までの改修完了件数は620件に過ぎない。これに対し改修の必要な住宅は24万戸存在すると言われているから、助成制度は耐震化のインセンティブを十分に喚起しているとは言い難い。その理由は様々あり、ここで論じ尽くされるものでは決してないが、人口減少社会という文脈においては、住宅耐震化の私的便益の低下という問題が発生する。
 我が国で耐震性が不足している住宅とは、主に昭和55年の建築基準改定以前に建築された、いわゆる既存不適格建造物である。その多くは、当然の事ながら比較的高齢の人々に所有されている4)。余命が少ない高齢者にとっては、自身が生存している間に地震に遭遇する可能性は、若年層に比較して圧倒的に少なくなる。すなわち耐震化による私的便益が極端に小さいために、高額な補助制度があったとしても耐震化を行う動機としては不十分なのである。
 住宅を個人の資産としてではなく、社会的な資産と考えれば、さらなる政策的なてこ入れも正当化されるかもしれない。国土交通省の住政策はストック重視の考え方を全面的に打ち出し、住宅の耐震性の向上を良質な住宅ストックを整備するための方策としても同時に位置づけている。しかしながら、現在耐震性が欠如している住宅のすべてが耐震化によって良質なストックに転換すると考えることも非現実的である。木造密集市街地や急傾斜地に建築された住宅はいくら耐震性があっても良質なストックとは呼べない。また、1980年代以降急激に開発された、都心から遠く離れた遠郊外地などでは、急激な人口減少が進んでいる地域が少なくない。こうした地域での住宅需要は今後も低下し続けることが予想される。耐震化された建物が良質なストックとして所有者の子孫に相続され、あるいはマーケットで高く評価され取引されるのであるとすれば、耐震化投資は割に合う投資と言えるかもしれないが、そうした住宅はごく一部であろう。
 もちろん、生命を守るという観点に立てば、生存空間が確保できる程度の耐震化は必要であるし、それは経済的観点とは別の次元で評価されなければならない。しかしそのことと、良質な住宅ストックを増やすということとは、前述のように必ずしも一致しない。従って人口減少社会においては、命を守るレベルの最低限の耐震化をあまねく推奨する一方で、資産価値を高める耐震化投資は次世代に引き継ぐ価値のある住宅にこそ集中的に行われることが望ましい。これは、市場メカニズムが最も得意とするものであり、中古住宅市場を適正に機能させる施策展開が重要になるだろう。

3.行政事務の効率化と災害対応
 近年相次ぐ市町村合併も防災行政にとって問題が少なくない。一つは、基礎自治体の管轄範囲が物理的に広がることによるハザードの多様化である。例えば沿岸部に位置して津波の危険性がある自治体が、内陸の山間部で土砂災害の危険が大きい自治体と合併した場合、一つの自治体が考慮すべき災害が多様化する。この一つの典型として、和歌山県田辺市の例を紹介したい。
 田辺市は平成17年 5 月 1 日に 5 市町村(田辺市、龍神村、中辺路町、大塔村、本宮町)が合併して誕生した。旧田辺市の人口はおよそ 7 万人だったのが、合併によって 8 万 6 千人とおよそ1.2倍になった。これに対して面積は136.42k_が、1,026.62k_とおよそ7.5倍に拡大した。旧田辺市の防災対策の主な関心は、台風による沿岸域の高潮対策や、南海地震による津波対策が主たるものであったが、この合併によって、合併町村を流れる河川の洪水対策や、中山間地域における土砂災害対策までもが防災対策の対象として加わることになった。河川の氾濫対策として、それぞれの流域毎に危険な地域を把握した上で避難計画を作成し、必要な施設整備や備蓄を行うこと、また降雨量や水位の状況などを判断し、適切なタイミングで住民の避難を促すことなどが市町村には期待されているが、田辺市はいまやそのような河川を 4 水系抱えることとなったのである5。この合併によって、本庁の防災担当職員はかつての 3 名から 4 名に増員されてはいるものの、平時の計画策定などの業務量はそれ以上に増大する。また職員が広域化した市域内のすべての地区の地域特性を把握することは困難であるため、例えば河川の様子を目視で判断するといったような、地元ならではの知識や勘にもとづく判断は困難となる。このため災害時の被害情報の収集や、適切な対応の指示にも支障を来すことが懸念される。
 また、人口減少に伴って発生する高齢化の問題は、従来可能であったコミュニティー単位での助け合いを困難にする。例えば南海地震により10メートルを超える津波が 5 分以内に到達すると予想されている和歌山県串本町は、国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、65才以上の老齢人口比率が2000年の29.9%から2030年には46.8%に増大することが予想されている。もちろん、65才以上が必ずしも災害時要援護者であるわけではないが、これほどの高齢化が進展したときに、コミュニティーによる助け合いは、これまでの災害で我々が経験したほどには機能しなくなるであろう。
 これは都心にもあてはまる。大阪市についても老齢化率は17.1%から26.5%に増大する。都会において通常は援護が必要でない高齢者であっても、ライフラインが停止した中では要援護者となる。例えば高層マンションに暮らす高齢者は、飲料水の確保ですらままならないであろう。
 このように、行政サービスも地域による助け合いも機能低下する時代においては、災害時要援護者を「逃がす」という発想ではなく、逃げなくても済む、すなわち危険な所には住まないように促すことを同時に行っていかなければならない。困難な作業であることは確かだが、だからこそ30年かけて長期的に取り組む価値がある。

4.復旧・復興の課題
 見落とされがちな論点として、復旧・復興の問題がある。災害復旧・復興は、防災研究では、災害から平常生活を回復する過程であると同時に、次の災害に備えるための最初の重要な過程として捉えられる。すなわち災害復興とは視点を変えれば、被災した社会資本などをより高機能なものに改善し、かつ防災性能を高めるための重要な機会でもあるのである。
 一般的に、我が国の災害復旧制度は「原型復旧主義」と揶揄されることが多いが、この理解は必ずしも正しくない。災害復旧の定義は公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法(以下負担法と呼ぶ)では確かに原型復旧、もしくは被災前の効用水準に戻すこととされているが、再度災害発生を防止する目的での改良復旧も、「関連事業」として災害復旧事業の範疇に含められ、国庫補助の対象とされている。
 また、負担法の特色として、対象自治体の標準税収に対する事業費の割合に応じて、国庫補助率を段階的に嵩上げする仕組みが採用されている。通常の補助率は2/3であるが、これによってその自治体の標準税収規模が小さければ小さいほど、あるいは災害復旧事業費が大きければ大きいほど、より高率な国庫負担が行われることとなっている。さらに自治体負担分についてはほぼ全額起債が認められ、うち95%については交付税措置がなされる。この枠組みは、昭和29年に関連事業が補助対象となってからは、基本的に今日まで変わっていない。
 戦後しばらくは我が国の災害による死者は毎年のように数千人に達していた。戦争による国土の荒廃もあり災害被害を軽減することは、我が国の社会経済発展において重要な課題の一つであった。負担法は、このような時期の我が国において、災害に強い国土を形成し次の災害の被害を抑止するような災害復旧を行うための仕組みとして大変有効に機能したといえよう。現実に1959年の伊勢湾台風で5000人を越える死者を出してからというもの、1995年の阪神・淡路大震災まで死者1000人を越える災害は我が国では発生していないのである。図 2 は、目的別歳出における、国および自治体種別にみた土木費に対する災害復旧費の比率である。どの自治体種別でみても、戦後一貫してこの割合は低下傾向にあり、防災投資の効果が明確に現れている。
 その一方で、税収規模の小さい自治体ほど高率の補助がもらえる負担法の仕組みは、実質的に税収基盤の脆弱な地方部の自治体が公共事業を行うための有力な手段となってきた。図 2 において、都市に比較して町村で特に災害復旧費の占めるウエイトが高いことからもこのことが伺える。このため、地方では災害が発生するのを待って、災害を機に関連事業を含めて防災事業を推進するということが実態として日常化していた。

図2 土木費に対する災害復旧事業費の割合

 人口も増大しつづけ、経済も大きく成長し続けている時代において、こうしたことはさほど問題ではなかった。それどころか、むしろ災害を契機として地方においても防災対策を推進することを可能にしたことは、均衡ある国土の発展に寄与するものであった。またこの制度は被災社会資本の復旧の手続きを標準化する役割も果たしており、全国どこで災害が起こっても極めて迅速に復旧にとりかかれるという利点もあった。事業に伴って発行した地方債についても、経済成長にともなう税収増によって消化されてきた。こうしたことによって、災害復旧制度はその意義について何ら疑問を投げかけられることもなく、我が国の災害復旧の基本的な仕組みとして今日まで存続してきたのである。
 しかしながら、1990年代に入り、我が国が本格的な低成長時代を迎えてからこうしたストーリーが崩れかけている。阪神・淡路大震災の被災自治体における起債制限比率は震災前の12.3%から平成15年末時点で19.3%となり、全国の市町村平均の11.0%を大きく上回っている。この数字は、災害復旧事業のみによってもたらされたわけではないが、震災復興のために発行した公債残高が膨らみ、かつ地域経済の停滞と全国的な不況による税収減によって、被災自治体の財政運営が厳しくなっていることがわかる。
 他方、2004年10月に発生した新潟県中越地震では、旧山古志村に代表されるような中山間地が大きな被害を受けた。旧山古志村の人口は地震直前時点で約2000人であるが、幹線道路である国道291号線の復旧を含めると約300億円の復旧事業費が投じられている。村事業はうち74億円だが極めて税収が少ない自治体ゆえに、国庫補助率は99.8%となっている。しかし、こうした手厚い災害復旧事業にも関わらず、いまだに旧村民の多くは山に戻る目処が立っていない。高齢化が著しいこの地域では、国庫負担の対象とならない集落再生事業や被災者の住宅再建の資金を捻出することが困難であるからである。万が一被災者の多くが山を捨てる事態になった場合、あるいは山に戻ったとしても次の世代が続かなかった場合、旧山古志村で行われている復旧事業の意味はどこにあるのだろうか。
 人口が増大し、個人の所得も増大し、税収が拡大している成長軌道の経済であれば、当然社会基盤も拡大していかなければならない。このような時代においては、既存の被災した社会基盤を原型復旧することに疑いを挟む必要は無かった。しかし、人口減少とそれに伴って縮小する経済においては、被災した社会基盤を元に戻すということがその後の復興にとって本当に必要なことなのか、改めて問われる必要があるだろう。過疎地域では復旧事業は無駄だと主張しているわけでは決してない。人口減少社会にふさわしい災害復興のあり方とは、これまでのように復旧を前提として成り立つものではなく、将来の地域のあり方を見据え、従前とは違った形での復旧を許容していく必要があるのではないだろうか。
 そこで、次のような方法を提案したい。国庫負担法を原型復旧の考え方から、損失補填の考え方に転換させ、被害額(原型復旧にかかる費用)を使途制限のない一般財源として地方に財源保障するのである。受け取った自治体は、それで原型復旧することも、自主財源を上乗せして改良復旧をすることも、復旧をあきらめて被災者支援に回すことも自治体の責任において行えるようにするべきであろう。同時にこうした議論は災害が発生してからは困難であるから、被害想定などを元に事前の復興計画を各自治体に作成させるべきである。
 中央防災会議によれば東南海・南海地震による直接被害額は最大で43兆円と見積もられている。この金額には公共土木被害が含まれていないため、実際にはもっと大きな被害が発生することが見込まれる。東南海・南海地震の被災地には紀伊半島など、多数の中山間地が含まれ、現在でも多くの集落が消滅の危機にさらされている。その他の災害においても同種の問題は日本全国どこでも生じ得るだろう。災害復旧を地域再生のきっかけとするためにも、現在の国庫負担法の枠組みをより柔軟なものに変更していくことが急務であろう。

5.追記
 本稿の内容の一部には、文部科学省大都市大震災軽減化特別プロジェクトV− 3 成果普及事業「地域社会の防災力向上を目指した地方自治体における防災プログラムの開発と普及」(研究代表者:河田惠昭人と防災未来センター長)の成果を含む。

6.参考文献
松谷明彦(2004)『「人口減少経済」の新しい公式―「縮む世界」の発想とシステム―』 日本経済新聞社
総務省『地方財政統計年報』各年度版
国土交通省河川局『災害統計』各年度版
国土交通省『国土交通白書』平成14年度版

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1)平成14年 1 月の低位推計値
2)松谷(2004)によれば、2020年代初めに公共土木施設の維持管理費用が、我が国において投資可能な金額を上回ることが指摘されている。
3)平成18年 8 月 1 日より補助額は一般世帯150万円、非課税世帯225万円に改められた。
4)例えば大阪府では、昭和55年以前に建てられた木造戸建住宅の所有者の約65%が60才以上である。
5)日高川水系、富田川水系、日置川水系、熊野川水系の 4 つ。特に熊野川はしばしば氾濫することで知られている

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